オロチ平定完了と論功行賞
第六章 アメ・ヱのミチとの戦い
朝霧が立ち込める山々の向こうに、最後のオロチ、アメヱのミチが潜んでいた。
その居住地は険しい岩山に囲まれ、
常に暗雲が垂れ込めている不気味な場所であった。
アメヱのミチは傲慢な性格で知られていた。
ある日、彼は使者を送り、アマテルカミに向かってこう言い放った。
「アマテルカミよ、私がお前に意見してやろう。すぐに私の元へ来るがよい」
その言葉を聞いたアマテルカミの表情は一瞬にして厳しくなった。
清らかな宮殿の中に、静寂が漂う。
「なんという尊大な態度か」アマテルカミは静かに、しかし力強く呟いた。
「私が呼び付けられる筋合いなどあろうはずがない」
そして、アマテルカミはイフキトヌシ(ツキヨミの子息)を呼び寄せた。
「イフキトヌシよ、最後のオロチ、アメヱのミチを平定せよ」
命を受けたイフキトヌシの心は、使命感と共に緊張で満たされた。
彼は出立の準備を整える中で、一つの策を思いついた。
「御輿を借り受けさせて下さいませ」
イフキトヌシはアマテルカミの御幸の御輿を借り、それに乗って出発した。
黄金に輝く御輿は朝日を受けて眩いばかりの光を放ち、
山道を進む従者たちの士気を高めた。
対決の始まり
アメヱのミチの住む岩山の麓に到着すると、
暗い洞窟の奥から低く響く声が聞こえてきた。
「そこにいるのは、アマキミか?」
アメヱのミチが御輿を見て問うた。
その声には疑念と警戒が込められていた。
イフキトヌシは御輿から降り、毅然とした態度で答えた。
「いや、私は、アマキミ様の配下である」
洞窟の奥からせせら笑いが響いた。
「何だ!配下か。そんな配下の分際で、どうして御輿に乗るのだ」
アメヱのミチの声は怒りに震えていた。イフキトヌシは冷静に応じる。
「汝を配下とするために、ミコシに乗って来たのだ。
アマテルカミがお出ましになれるはずがない」
この言葉にアメヱのミチの怒りは頂点に達した。
「お前のような若造が、何だ、その言い方は!
恥をかかせようというのか?お前こそ、俺の配下にしてやる!」
大きな声で怒鳴ったアメヱのミチは、術を巡らせた。
空気が急激に重くなり、雲が渦巻き、激しい雷が天空を切り裂いた。
雷鳴が山々に反響し、大地が震えた。
しかし、イフキトヌシは動じなかった。
彼はウツロイ(雷の自然神)を招き、その雷を消し去った。
空が再び穏やかさを取り戻すと、アメヱのミチの表情に焦りの色が浮かんだ。
自然神たちとの攻防
次にアメヱのミチは暗雲を起こし、自分の姿をくらませた。
辺り一面が真っ暗になり、不気味な静寂が漂った。
イフキトヌシはシナト(風の自然神)を招いた。
清々しい風が吹き荒れ、暗雲を一掃した。再び陽光が差し込むと、
アメヱのミチの隠れ場所が露わになった。
今度はアメヱのミチが炎を吹き出し、兵の砦を焼き始めた。
赤い炎が舞い上がり、熱風が吹き付けた。
イフキトヌシはタツタヒメ(水の自然神)を招き、清らかな水で炎を消し去った。
消火の白い煙がもくもくと立ち上る中、アメヱのミチは煙にむせて苦しんだ。
「この若造め」
アメヱのミチは距離を取り、石つぶてを投げて兵を攻め立てた。
しかし、イフキトヌシたちは厚手の防御服を着用していたため、
石つぶての被害はほとんどなかった。
反撃の妙策
イフキトヌシたちは反撃に出た。彼らが用意したのは、果物のミカンの実だった。
それをオロチの群がりの中に投げ入れると、オロチたちの目が一斉に輝いた。
「これは我らの好物」
オロチたちは我を忘れて貪り食った。
その隙にイフキトヌシたちは素早くオロチたちを捕縛した。
縄で縛り上げられたオロチたちは、なす術もなく降参した。
しかし、まだオロチたちは残っていた。
厚手の防御服を着て防戦しているアメヱのミチの供回りだった。
彼らは音の鳴る道具をグルグル回して嫌な音を出し、敵を驚かそうとした。
金属の擦れ合う不快な音が響き渡った。
イフキトヌシはホラ貝を手に取り、大きな音を響かせた。
その深く響く音色がオロチの術を消し去った。
最後の抵抗
アメヱのミチの最後の手立ては、車に乗せた大きな槌での反攻だった。
重々しい音を立てながら巨大な槌が迫ってくる。
イフキトヌシは、アマテルカミから賜った天の加護を持つ弓を構えた。
弓から放たれた矢は、まっすぐに大きな槌を射かけた。
すると、車に繋いでいた縄が切れ、木槌が壊れてバラバラになってしまった。
最後の槌までもが効かなくなり、アメヱのミチの心に深い焦りが生じた。
もう繰り出す術はない。彼は逃げ出そうとしたが、
その時、タチカラヲがアメヱのミチを掴み、縄で縛り上げた。
慈悲の裁き
「さあどうだ、お前は配下となるか?」
味方が問うたが、アメヱのミチは返答しなかった。
プライドが邪魔をして、口を開くことができずにいた。
「それでは、斬らねばなるまい」
兵士たちが決定しようとした時、大将のイフキトヌシがそれを止めた。
「待て。他のオロチたちと同様に、オロチの心を正す誓いを立てさせ、助命しよう」
イフキトヌシの慈悲深い判断により、話がまとまった。
オロチたちの人数は一千人にも上った。
マフツの鏡を使って彼らの心を調べると、神を騙る獣の影が映し出された。
オロチたちはその獣にたぶらかされていたのだ。
その苦しみから解放するため、禊ぎと「トのヲシテ」への血判の誓いを行わせた。
解放と喜び
獣から解放されたオロチたちは、心の重荷が取れたように軽やかになった。
アメヱのミチも含めて、彼らは大喜びした。
「アマテルカミ様、ありがとうございます」
彼らは何度も拝み、感謝の涙を流した。
こうして、全国の六群のオロチと出雲のオロチたちは、
ことごとく平らかに平定された。
すべてのオロチたちを勘定すると、七万一千人にも上った。
第七章 マフツの鏡とフタミカタ
オロチの心が正しくなり得るかどうかの判定に役立ったマフツの鏡を、
アマテルカミの正皇后セオリツヒメ(ホノコ)は更に活用することにした。
宮殿の静寂の中で、セオリツヒメは深く考えた。
「この鏡を宮中にしまっておくのではなく、人々のために役立てたい」
セオリツヒメはマフツの鏡を宮中から持ち出し、フタミカタに置くことにした。
過ちに気づき、オロチの悪夢から覚めて正しい心持ちになった人々が、
昔の誤った心に再び陥らないよう、
この鏡を見ることができるようにするためだった。
海辺のフタミカタに置かれた鏡は、「フタミのイワ」と通称されるようになった。
荒波が打ち寄せる岩場で、潮風と塩水に長年晒され続けても、このマフツの鏡は不思議なことに錆びることはなかった。
第八章 タカノの鎮魂
タカノ(高野山)では、オロチたちの多くの亡骸を埋めたためか、
化け物の出現が噂されるようになった。
夜な夜な不気味な唸り声が聞こえ、里人たちは恐れおののいた。
イフキトヌシは静寂な山中に鎮魂のミヤを建設した。
清らかな建物が完成すると、化け物たちは静かになった。山に平和が戻った。
アマテルカミはイフキトヌシの功績を讃え、お褒めのヲシテを授与した。
そこには「タカノカミ」と染められていた。
第九章 論功行賞
宮殿の大広間に、功臣たちが居並んだ。
アマテルカミは一人ひとりに詔を発した。
カナサキへの詔
「カナサキよ」
アマテルカミの声が響いた。カナサキは深々と頭を下げた。
「この度の功績により『スミヨロシ』の称号を授与する。
また、ソヲ(霧島山地方・鹿児島県地方)の朝廷直轄地の統治を委任する。
その経済力を根拠として、
ツクシ(九州)全体のことをすべて上手く私の代わりとして面倒を見てほしい」
カナサキは感激で胸がいっぱいになった。
「謹んでお受けいたします」
フツヌシへの詔
「フツヌシよ、その功績も大いなることにより、
カクヤマ(富士山)をツカサトル(司る)ことを命じる。
歴史的にも政治的にも重要な場所であり、火山災害の対応もある。
カクヤマの事を任せることから、『カトリカミ』の称号を授与する」
フツヌシは富士山の雄大な姿を思い浮かべながら、深く一礼した。
タケミカツチへの詔
「タケミカツチよ、あなたの武威も大いに褒めたいと思う。
『タケモノヌシ』の称号を授与しよう。
そして、『カフツチ(ツルギの名称)』を合わせて授ける。
また、以前の地震の時に地震鎮めの要石を据えた事も見事だった。
その功績に、『カナイシツチ(ツルギの名称)』も授ける」
タケミカツチは感謝で胸を熱くした。
ツワモノヌシとイチチへの詔
「ツワモノヌシの功績も大きいものがあった。
迷えるタマを宇宙の源に還すことこそが、
オロチたちへの最も良い贈り物だったことだろう。
今度生まれ変わって来る時には、とても良い巡り合わせになり得るからだ。
そこで、シギのアガタ(現在の奈良盆地)の統治をしてもらおう。
称号は『アナシ・ウヲカミ』のヲシテを染めて授ける」
「イチチは、タマカエシの祝詞の文を編み記した。
亡くなる時、次の世の生まれ変わりをより良くすることを祈念する文だ。
それで『ココトムスヒ』の称号を授与する。
イチチよ、これからは『ココトムスヒ』と名乗ってほしい」
イチチは新しい名前への誇りと責任を感じた。
カスガの命名
左に控えているカナサキに、アマテルカミは特別に話しかけた。
「オロチの騒乱と平定に際して、沢山の人命が失われた。
この事はとても残念なことだったが、
平和を得るためには通らなくてはならない道であったと言える。
その失われた魂を宇宙の中心に還すことができて、本当に良かったと思う。
その事から、オロチの多く眠るカナサキの杜(春日山)をカスガと名付ける。
タマカエシの鎮魂のこともあるので、ココトムスヒに譲って任せたいと思う」
カナサキは心から答えた。
「カスガのご命名は素晴らしいことです。
この多くの戦闘のあったカスガの地は、
おっしゃいます通りココトムスヒにお託ししましょう」
新たな絆
カナサキの杜は、ココトムスヒが受け継ぐことになった。
ココトムスヒは「カスガトノ」と尊称された。
そして時が流れ、ココトムスヒは妻を迎えた。
カトリ(フツヌシ)の妹のアサカヒメを娶り、
二人の間に生まれたのがワカヒコだった。
ワカヒコはカスガマロと呼ばれ、後にアマノコヤネの称号を得る人物となった。
平和が戻った国に、新たな希望の世代が育っていく。
アマテルカミの慈悲深い統治により、
かつてのオロチたちも含めて、
すべての民が調和して暮らす時代が始まったのであった。
清らかな風が宮殿を渡り、功臣たちの心には深い満足と未来への希望が宿っていた。長い戦いは終わり、真の平和がこの国に訪れたのである。




