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祈りを繋ぐもの  作者: 和穂ゆう
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富士に咲く十二の花

第一章 春の決意


春風が富士の麓を包んでいた三月一日の朝、

桜のつぼみが微かに膨らみ始めた頃のことであった。

朝霧に包まれた富士山の南麓に佇む新宮殿の屋根瓦が、

陽光を浴びて美しく輝いている。

アマテルカミは、宮殿の回廊から聳え立つ富士の峰を仰ぎ見ながら、

深く息を吸い込んだ。

この山の麓で生まれ、十六歳の頃から祖父トヨケカミの許で東北地方に学び、

そして今、故郷の地に新たな宮殿を構えて戻ってきた。

心には、これから始まる新しい時代への決意と、僅かな緊張が交錯していた。


「いよいよ、この地での統治が始まるのだな」


アマテルカミの瞳には、遠い山々を越えて広がる国土への深い愛情が宿っていた。

オオヒノヤマ(富士山)の神々しい姿は、まさに新生ヤマトクニの象徴であった。

新宮殿ハラミノミヤの建築は見事に完成し、檜の香りがまだ新しく漂っている。

廊下の柱は見事な直線を描き、庭園には四季折々の花が植えられ、

小川のせせらぎが心地よい音色を奏でていた。



第二章 キサキ選定の始まり


全国各地から豊かさと安定の便りが届く中、各地からキサキ候補となる美しいヒメ達の話が宮廷に舞い込んできた。彼女たちの噂は、それぞれの故郷の風土を背負った花のように多彩で魅力的であった。


七代アマキミのイサナギ・イサナミ、フタカミとも呼ばれるこの夫婦神は、

重要な決断を下すべき時が来たことを悟っていた。

イサナギの深い眼差しには威厳があり、

イサナミの優雅な微笑みには慈愛が溢れていた。


「キサキを定める詔を出そう」


この言葉が発せられると、宮廷内には厳粛な空気が流れた。

タカミムスヒの当代であるカンミムスヒは、この重責を受けて深く考え込んだ。

白髪混じりの髭を撫でながら、彼は長年培ってきた政治的洞察力を総動員して、

この難題に取り組もうとしていた。

諸臣との相談の場は、宮殿の奥座敷で行われた。

畳に正座した重臣たちの表情は真剣そのものであった。


「十二ヶ月の月の数に合わせ、十二人のキサキを選定してはいかがでしょうか」

この提案が出されると、座敷には静寂が訪れた。

前代未聞の提案に、誰もが言葉を失ったのである。



第三章 カンミムスヒの采配


カンミムスヒ(ヤソキネ)は、イサナミのお兄さんであった。

彼の顔は知性に満ち、長年の経験が刻まれた深い皺が、

その人格の深さを物語っていた。

議事を進める彼の声は、

落ち着いていながらも確固たる意志を感じさせるものであった。


「東西南北の四方の位置に、それぞれ三段階の位を設けて、

合わせて十二位置のキサキを揃えましょう」


この提案に、諸臣たちは頷いた。

全国統一の象徴として、これほど適切な配置はないと感じたのである。


「まずは北から定めましょう」


カミムスヒの言葉に、重臣の一人が立ち上がった。

「弟のクラキネ様に美しいご姉妹がいらっしゃいます。このヒメ様達に北の局をお任せになるのが宜しいでしょう」


北国出身のイサナギにとって、この提案は心温まるものであった。

故郷の美しい姉妹の面影が、彼の脳裏に浮かんだ。

雪景色の中を歩く、清楚で美しい姫君たちの姿が目に浮かんだ。


「それは相応しいことですね」

カミムスヒが同意すると、座敷の空気が和らいだ。


「クラキネ様のお姫様を北の局と致しましょう。

姉君のマスヒメ(モチコ)様は、北のスケキサキにお成り頂きましょう。

妹君のコマスヒメ(ハヤコ)様は、北のウチキサキにお成りになって下さい」



第四章 東の局の決定


 議事が東の局に移ると、諸臣から声が上がった。

「東の局は、カミムスヒ様の姫様が適任ですね」

カミムスヒの表情に、父親としての複雑な感情が浮かんだ。

娘たちを手放す寂しさと、彼女たちの輝かしい未来への期待が交錯していた。

前々から娘たちの気持ちを聞いていた彼は、彼女たちの決意を知っていた。


「それは光栄です」

カミムスヒの声に、僅かな震えがあった。


「私の娘のオオミヤ(ミチコ)を東のスケキサキとさせて頂きましょう。

また、妹のタナハタ(コタエ)を東のウチメ(ウチキサキ)にして頂きましょう」


オオミヤ(ミチコ)は聡明で美しく、

東海地方の温暖な気候のように温和な性格の持ち主であった。

妹のタナハタ(コタエ)は、七夕の織姫のように機織りの技術に長けた、

繊細で芸術的な感性を持つ姫君であった。

参集の人々も、この決定に深く頷いた。



第五章 南と西の局


「さて、南は、オオヤマスミ様のお姫様ですね」

カンミムスヒが続けると、山の神々の末裔たちの気高い血筋に一同が敬意を表した。


「オオヤマスミ様のご当代のサクラウシ様の姫様をして、

南の局にお成り頂きましょう。

姉君のサクナタリ・セオリツヒメ(ホノコ)様を、

南のスケキサキとさせて頂きましょう。

その、妹君のワカヒメ(ハナコ)様は、

南のウチメ(ウチキサキ)にてお願い致します」


セオリツヒメ(ホノコ)は、山桜のように美しく、

清らかな流れのような心を持つ姫君として知られていた。

妹のワカヒメ(ハナコ)は、名前の通り花のような愛らしさと、

若々しい生命力に満ち溢れた姫君であった。


「西の方角の局は、カナサキ様の姫君ですね」


西国の海辺で育った姫君たちの話になると、潮風と夕日の美しさが想像された。


「カナサキ様の娘の、ハヤアキツヒメ(アキコ)は西のスケキサキにお成り下さい。アキコ様は大海原の潮の寄せ来る海上でお産まれになられたと聞いております。

とても、ご闊達な姫君であらせられるとの事です」


海で生まれた姫君の逸話に、一同は感嘆の声を上げた。

波しぶきの中で生まれ育った姫君の、自由闊達な性格が目に浮かんだ。


「また、御親戚の、ムナカタさんの姫君のオリハタヒメ(オサコ)様に、

西のウチキサキをお願い致しましょう」



第六章 最後の配置


残るオシモメの位の配置が続いた。

「西の局のオシモメさんには、

カスヤ様の娘の姫君のトヨヒメ(アサコ)様にお成り頂きましょう。

また、その妹君のイロノヱヒメ(アサコ)様には、

南の局のオシモメにお成り頂きましょう」


九州の温暖な気候で育った姫君たちは、

南国の花のような華やかさを持っていることで知られていた。


「カタ(カダ)様の娘のアチコ(アヂコ)姫様は、

北の局のオシモメにお成りになられて下さい」

京都地方出身の姫君の上品な美しさが語られた。


「ツクハのハヤマ様の、娘のソガヒメ様は、

東の局のオシモメをお願い致します」

関東地方の清々しい自然の中で育った姫君の健やかな美しさが讃えられた。


カミムスヒのヤソキネが議事をまとめ、ついに十二人のキサキの配置が決定した。



第七章 十二のキサキの配置


春の陽光が差し込む議場で、最終的な配置が発表された。


北の局

スケキサキ:マスヒメ(モチコ) 北陸地方出身

ウチキサキ:コマスヒメ(ハヤコ) 北陸地方出身

オシモメ:アチコ(アヂコ) 京都地方出身


東の局

スケキサキ:オオミヤ(ミチコ) 東海地方出身

ウチキサキ:タナハタ(コタヱ) 東海地方出身

オシモメ:ソガヒメ 関東地方出身


南の局

スケキサキ:サクナタリ・セオリツヒメ(ホノコ) 東海地方出身

ウチキサキ:ワカヒメ(ハナコ) 東海地方出身

オシモメ:イロノヱヒメ(アサコ) 九州地方出身


西の局

スケキサキ:ハヤアキツヒメ(アキコ) 近畿地方出身

ウチキサキ:オリハタヒメ(オサコ) 近畿地方出身

オシモメ:トヨヒメ(アヤコ) 九州地方出身


全国各地からの順当な入内が実現し、どの地方の人々にも不満はなくなった。

しかし、十二人のキサキという前代未聞の制度は、

後の世に思わぬ混乱の種となることを、この時はまだ誰も予想していなかった。



第八章 新たな時代の始まり


 アマテルカミは「あまひ」の位に就任された。

富士山の古名ハラミのやまに、新たな別名が付けられた。

「ひのやま」「おおやま」と呼ばれ、

直接統治するクニの東海道諸国は「おおやまと」と称されることになった。


 東北地方も委託統治の形となり、

富士山南麓の政庁は「ヤスクニのみや」という荘厳な名前で呼ばれるようになった。


 宮殿の奥では、美しいハタ機の音が響いていた。

東西南北の方角に配置されたキサキたちが月替わりで宮仕えをし、

それぞれがハタ機で布を織っていたのである。

機の音は、まるで新しい時代を奏でる音楽のようであった。



第九章 セオリツヒメとの出会い


月替わりの宮仕えが始まった中で、アマテルカミの心を特に動かすキサキがあった。それがセオリツヒメ(ホノコ)であった。


彼女が宮殿の回廊を歩く姿は、まるで清らかな山の流れのようであった。

他人を思いやる深い慈愛の心を持ち、

どんな小さな生き物にも優しさを示す彼女の姿に、

アマテルカミは深く感動された。


ある日、セオリツヒメが宮殿に参上した時のことであった。

通常であれば、キサキたちは決められた場所で

アマテルカミをお迎えするのが習わしであった。

しかし、この日、アマテルカミは自ら階段を降り、

セオリツヒメを迎えに歩いて行かれたのである。

宮廷の人々は驚愕した。「あまひ」の位にある方が、

自ら階段を降りて迎えるなど、前代未聞のことであった。


この出来事により、

セオリツヒメには「ムカツヒメ」という別の美しい名前が贈られた。

「あまさがるひ」(天から降りて迎えられた)

「お迎えになられたヒメ」という意味である。


アマテルカミの瞳には、深い愛情と尊敬の念が宿っていた。

セオリツヒメの純粋で思いやり深い心に、彼は真の伴侶を見出したのである。



第十章 正皇后の決定


桜の花が散り始めた頃、アマテルカミは重要な決断を下された。

「セオリツヒメを正皇后のウチミヤとする」

この発表に、宮廷内は祝福の声で満たされた。

誰もが、この決定の妥当性を認めていたのである。

セオリツヒメ(ホノコ)は、正皇后の位についても、

その謙虚で慈愛に満ちた性格を変えることはなかった。

むしろ、より一層他のキサキたちを気遣い、宮廷の調和を保つことに心を砕いた。


 南の局のスケキサキの位が空位になったため、

新たにウリフヒメ(ナガコ)が南の局のスケキサキとしてお入りになった。

カナヤマヒコのお嬢様である彼女は、鉱山の技術に通じた家柄の出身で、

実用的でありながら美しい織物を作ることで知られていた。


ウリフヒメの名前から、

太陰暦と太陽暦の調整のための閏月を

「うりふ(うるふ)つき(月)」と名付けることになった。

この名称は、時の流れと季節の調和を表す美しい言葉として、

後世まで受け継がれることになった。



第十一章 兄弟の再会


初夏の風が富士の麓を吹き抜ける頃、アマテルカミの弟君であるツキヨミが、

東北地方での留学を終えて帰還された。

兄弟の再会は、感動的なものであった。

ツキヨミの顔には、北国での学びによって培われた深い知識と、

成熟した人格が現れていた。


「兄上、お帰りなさいませ」

「ツキヨミよ、よく戻ってきた」


富士山南麓の政庁で、兄弟は手を取り合った。

ツキヨミは、アマテルカミの補佐として、新しい国造りに参加することになった。


夜の政務を担当するツキヨミと、昼の統治を行うアマテルカミ。

まさに太陽と月のように、互いを補い合う理想的な統治体制が確立されたのである。



第十二章 新時代の展望


ハラミノミヤの十二人のキサキたちは、

それぞれが故郷の特色を活かした美しい織物を作り続けた。


北国のキサキたちは雪の結晶のような繊細な模様を、

南国のキサキたちは南の花々を思わせる華やかな模様を、

東のキサキたちは朝日の輝きを、

西のキサキたちは夕日の美しさを表現した織物を作った。


これらの織物は、全国統一の象徴として、各地に配られた。

人々は、自分たちの故郷出身のキサキが作った織物を見て、

新しい時代への希望を抱いた。


しかし、十二人のキサキという前代未聞の制度は、

やがて複雑な人間関係と政治的な問題を生むことになるであろう。

それでも、この時代の人々は、新しい統一国家の誕生を心から祝福していた。


 富士山の雄大な姿を背景に、

ハラミノミヤの屋根が夕日に照らされて金色に輝いている。

新しい時代の幕開けにふさわしい、美しい光景であった。


アマテルカミは、宮殿の回廊から広がる国土を見渡しながら、

深い満足感と未来への決意を胸に抱いていた。

十二のキサキとともに築く新しい時代が、今、始まろうとしていたのである。

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