アマテルカミ誕生秘話~トヨケカミの祈りとイザナギの禊
第一章 クニトコタチの時代から始まる物語
遥か昔、国家が始まった時代。
初代のアマカミであるクニトコタチは、
八方に教え司のヤクタリコを遣わすことを決められた。
秋風が吹き抜ける宮中で、クニトコタチは深い思索にふけっていた。
国を豊かにし、人々を導くためには、各地に良い品種の植物を広めねばならない。
ヤクタリコたちは、人々の役に立つ植物の種や苗木を手に、
それぞれの使命を胸に各地へと向かった。
その中で関東地方と東北地方に遣わされたのが、
八人の内の一人、「タの皇子」だった。
東の地平線から昇る朝日を仰ぎ見ながら、皇子は心を震わせた。
「東遥かに波高く立ち昇る朝日」の壮大な光景に感動し、
自らを「タカミムスヒ」と名乗ることになった。
タカミムスヒは「トコヨクニ」建国のシンボルである「かく(橘)」の樹を富士山に植えた。その時から人々は富士山を「カクヤマ」と呼ぶようになり、さらに年月の計算の基準となる重要な「マサカキ」の樹も植えることができた。
これによってヒタカミのクニは「トコヨクニ」において
重要な位置を占めることになったのである。
第二章 タマキネ(トヨケカミ)の革新
タカミムスヒの五代目に当たるタマキネは、革新的な魂を持つ人だった。
彼の住む館には常に学者や賢人が集い、深遠な議論が夜更けまで続いていた。
タマキネは大宇宙の哲学的な形態を「モトアケ」として
整理することに心血を注いだ。
燈火の明かりの下で古い書物を読み、
星空を仰いで宇宙の神秘を思索する日々が続いた。
やがて彼は「モトアケ」の形態を模して祭祀することを決断した。
大宇宙を国として捉え、その中心に宮中を定義することで、
宮を人々の精神的な拠り所とするのだ。
この画期的な発想により、国家の根底の礎が強固に定まることになった。
その功績により、人々はタマキネを「東のキミ」と呼ぶようになった。
宮中に祭祀した「モトアケ」は、世界を構成する四つの要素から成っていた:
アメミヲヤ(大宇宙の創造神)
モトモト(トホカミヱヒタメ・方角の守り)
アナレ(アイフヘモヲスシ・言葉の守り)
ミソフカミ(物質全般)
タマキネはこの世界構成を根底として、
世上の繁栄を祈念するための「おおなめこと」(後の大嘗祭)を創始した。
この結果、人々の生活が向上し安定を見ることができたため、
タマキネには「トヨケカミ」という尊敬に満ちた名が贈られた。
第三章 トヨケカミの深い憂慮
トヨケカミは現状を確認しながら、この先への道筋を深く考えていた。
彼の心の中には、喜びと共に大きな不安が渦巻いていた。
「国は繁栄し始めて、人々の暮らし向きも向上している」と、彼は静かに呟いた。「国が治まり始め、各地では多くの取り纏め役が育っている。しかし…」
彼の表情は急に曇った。
「その中心であるべき朝廷に、次世代にふさわしく、
叡智のある『カミ(皇位に就くもの)』が居ない。
これでは後々、人々の様々な困難に回答を示すことができず、
再び国は混乱状態に戻ってしまう」
この深刻な問題への答えを求めて、トヨケカミは富士山へと向かった。
第四章 富士山頂での瞑想
富士山の頂上に立ったトヨケカミの眼下には、広大な国土が広がっていた。
しかし彼が見つめていたのは、麓の風景だけではなかった。
遥か未来への物思いだった。
「沢山の繁栄した人々が繁茂しても、『ミチ』無くしてはどうなるものか?」
高い山頂を吹き抜ける風は冷たく、彼の頬を刺した。
しかし彼の心はさらに深い寒さを感じていた。
答えの見つからない問いが、彼の魂を重く圧迫していた。
悩みを深めたトヨケカミは、自国の東北地方へと戻った。
第五章 イサナミの切なる願い
東北の地で、愛娘で皇后となっていたイサナミが父の帰りを待っていた。
館の奥座敷で、彼女は父に深い悩みを打ち明けた。
「父上…」イサナミの声は震えていた。
「私は二度の出産でも皇子を生むことができませんでした。
今度こそ、イザナギ様のためにも、私自身のためにも、
皇子をどうしても授かりたいのです」
彼女の切々たる想いを聞いたトヨケカミの心は、娘の苦痛を我が事のように感じた。父として、そして国の未来を案ずる者として、彼は太占を行うことを決意した。
第六章 月山での八千回の祈願
太占による結果は、「月山」での八千回の祈願だった。
トヨケカミは厳粛にその神託を受け入れ、すぐさま準備に取りかかった。
月山に「ヨツキヤシロ」を建て、祈願の八千回に没頭することになった。
樹の繊維を三色に染めて束ねた紙垂を奉り、
トヨケカミは自ら冷たい水で禊を行った。
氷のような山の清水が肌を刺す。
しかし彼の心は燃えるような祈りの炎で満たされていた。
一回、二回、百回、千回…誠心誠意を込めた祈りが続いた。
季節が移ろい、雪が降り積もり、また春の若葉が芽吹いても、
彼の祈りは途切れることなく続いた。
そして八千回の祈願が終わった瞬間、奇跡が起こった。
"アメノミヲヤの目から「日」と「月」の分け下しが起きる"という幻想的な映像が、トヨケカミの前に現れたのだった。
天空に輝く光が二つに分かたれ、神々しい光の筋となって天から降り注ぐのを、
彼ははっきりと見た。
第七章 イザナギの富士山での祈願
トヨケカミの祈願の真っ最中、同時期に当事者であるイザナギは富士山近くにいた。イザナギは富士山の頂上に登り、大きな鏡を山頂まで運んでの祈願を始めた。
「司、司の臣を同行して、全国各地を巡り社会の悪癖を直し、
『言葉』の全国共通化、開墾、狩場や漁場開発の展開、
また、耕作効率の向上を実施してきました」
イザナギは心の中で、これまでの治績を振り返った。
「アマカミへの正式即位の前には、女の子の皇女の誕生も得ることができました。
しかし、女の子は、西の方角、秋の季節にたとえられています。
未来を開いてくれるのは、やはり東の方角、春の季節である男の子です。
どうしても、男の皇子の誕生が待ち望まれるのです」
こうして七代アマカミのイザナギは、富士山の山頂での祈願を開始した。
富士山の山頂にはコノシロイケという小さな池があった。
その清冽な池水でイザナギはまず「左」の目の注ぎ洗いを行った。
「左」の目は春の季節、暖かな雰囲気、
つまり太陽のエネルギーに満ち満ちた象徴だった。
それで、太陽にお祈りをした。
次いで「右」の目の注ぎ洗いを行った。
「右」の目は秋の季節、寒くなった雰囲気、
つまり月のエネルギーの及んでくる象徴だった。
そこで、月にお祈りをした。
第八章 千日の祈願と白衣の変化
イザナギは千日の祈願を、国民の平均身長を円周の長さとした
大鏡の前で行うことになった。
日夜を分かたずというほどの力を入れて祈り続けた。
次代のアマカミとして重責を担ってくれる皇子のご誕生祈願だった。
左右のそれぞれに、太陽と月を当てて「みたま」の分け下されることを乞い願った。やがて「太陽の御魂」が、イザナギの「へそ」に差し込んでくるように感じられるようになった。
祈願が千日にも及ぶ頃には、長く着続けていた「白衣」も桜色に染まってきた。
まるで彼の心の内の熱い想いが、衣に映し出されたかのように。
第九章 夫婦の祈りと御来光
そんなある日のこと、イザナギがイサナミに月の障りのことを尋ねた。「三日前に月の障りが終わりました」との答えを得て、イサナミは続けて言った。
「身も清くて気持ちも良いので、日の出に皇子の誕生をお祈りしましょう」
「それは良いことです。是非に」イザナギも笑顔で答えた。
一心に心を合わせて日の出を拝んでいると、
御来光が「フタカミ(イザナギ・イサナミ)」の目の前に差し込んできて、
眩いばかりに輝いて見えた。二人とも夢のような心地で眠ってしまった。
やがて目が覚めると、二人とも心の中がポカポカとして、ウキウキしていた。まるで春の日差しを浴びているような温かい幸福感に満たされていた。
第十章 オオヤマスミの祝い酒とコトサカノヲの教え
山麓の宮殿に戻ると、オオヤマスミがお酒を勧めてくれた。このタイミングの良さに意図を感じて、イザナギはこのお酒のいわれを訊ねてみた。
イサナミが答えた。「わたくしがあなた様と結婚をする際に、このお酒のことはコトサカノヲ様から教えて頂きました」
「寝所でのお床入りにてお召し上がりになるお酒を『トコミキ』と言いまして、先ず始めに女性が飲むことになっています。次いで、男性に勧めます。その後の床入りでは、女性はコトアゲ(願文を言うこと)をしないことになっています。男性からの誘いを待ってから、女性は求めるようにすることを教わりました。そうして、男性からの精を得てお互いが本当に打ち解けるようになると、大宇宙の中心のアモトから、人の形成の元となるタマが降され宿り来る形になり、女性の身体に子種が宿るのだと教わりました」
このような神聖な儀式を経て、めでたくご懐妊となった。
第十一章 九十六ヶ月の長い懐妊
ご懐妊の期間の十ヶ月が過ぎても、ご出産の様子が起きなかった。
またさらに、もう一年経っても、ご出産の気配もなかった。
「これは何かの病気ではあるまいか?」
と、ご心配のままに長い間の年月が流れた。
宮殿の人々は次第に不安を抱くようになった。
しかしイサナミ自身は、不思議な平安を感じていた。
お腹の中の子が普通の皇子ではないことを、
母の直感で感じ取っていたのかもしれない。
そして、ついに九十六ヶ月もの年月を経て、
ようやくお生まれになられたのは皇子だった。
後にアマテルカミと尊称されるお方である。
第十二章 正月元旦の神子誕生
正月の元旦での出来事だった。
初日の出が昇ってくると共に、皇子は生まれた。
まるで太陽と共に現れた神の子のように。
お姿は丸くて、玉子のようにすべすべだった。
普通の赤ん坊とは何だか違うようで、得も言われぬ美しさが感じられた。
その神々しい美しさに、居合わせた者たちは言葉を失った。
ご後見役のオオヤマスミは、美しい皇子のご誕生に思わず賛歌を作った:
「むへなるや ゆきのよろしも みよつきも よよのさいわい ひらけり」
(ああ、なんとめでたいことだろう。雪のように清らかに麗しい喜びよ。
御代も月日も、末永く幸いに満ち、ここに大きく花開いた)
と、朗らかに声高く歌い上げた。
その声は三回、富士山の麓に響き渡った。
第十三章 「ゆきよろし」の真の意味
祝賀に集まってきた人々から質問が出た。
「『ゆきよろし』とはどういう意味でしょうか?」
オオヤマスミは居を改めて、謹んで言葉を続けた。
「トヨケカミ様のお教えの内に、この言葉についての解説がありました。
『皇子のご誕生を祈願しての、八千度にも渡っての禊の間にだんだんと解ってきたことだ』と、トヨケカミ様はおっしゃっておられました。
皇子ご誕生の安寧を祈っていましたら、そこに災いの障りを及ぼしてくるかもしれないモノがあることに気付きました。
それは、妬みであったり、怨みであったり、
羨みの心の攻撃的な思いであったりします」
「そういった災いを及ぼしてくるモノの悪い影響を寄せつけることなく、
『ヱナ』は皇子の『タマ』を護り、
その『タマ』を元に美しい皇子が形成されてゆきました」
「『ゆき・き』のミチ、という言葉があります。『ゆき』とは、
大宇宙の中心のアモトに、『タマ』が戻ること。
『き』とは、大宇宙の中心のアモトから、『タマ』この世に降され来ることです」
「私が言った『ゆきよろし』とはこれにちなんでいます。『ゆき』が良かった。
つまり、前世が非常に良かったので、
これ程に美しい赤ん坊になったのでしょうということです」
第十四章 お祓いと産着の準備
皇子ご出産祝いの行事が行われた。「サク(白木の平板)」でお祓いをする時、
左右に振る「サク」は、元旦の日の出の光の輝きに一層輝いた。
まるで天からの祝福を表すかのように。
シラヤマヒメ(イザナギの妹)は早速、産湯を用意した。
また、絹作りの名人のアカヒコは産着にと、かねてから用意の絹糸を、
ナツメの織り手によって柔らかな絹布に仕上げ、献上してくれていた。
お母上のイサナミはとてもお疲れだった。
長孕みのこともあり、母乳の出方も少ない模様だった。
そこで、ホイヰの司の奥さんのミチツヒメが乳母として御仕えすることになった。
しかし皇子は、お目を閉じたままだった。
半年もの後のこと、ようやく初秋の七月の満月の日に、目を開かれた。
人々の手を打っての大歓声で、ミチツヒメの心配も疲れも一度に消え去った。
第十五章 瑞祥とヤトヨハタ
皇子の瑞祥は、富士山にも現われた。富士山に白雲が棚引きかかって、山頂の八峰に霰が降り注いだ。同時に東北地方にも霰が降った。
この「瑞祥」を表わしておこうと、八枚の旗を絹布で作った。「ヤトヨハタ」と呼ばれるこの旗は、皇子の誕生を祝う象徴となった。
「コヱネノクニ(北陸道諸国)」にて、暖かい産着を織ってくれた。
そしてシラヤマヒメが皇子に産着を着せようとしたところ、
「うひるぎ」
とお声が聞こえた。
第十六章 皇子の最初の言葉「うひるぎ」
「あら、なんと嬉しいことでしょう」シラヤマヒメは思わず言葉を発した。
それを聞き、居合わせた人々はヒメに尋ねた。
「皇子のお声は、何とおっしゃったのでしょうか?」
半年近くも瞳を閉じたままの皇子だったので、皆心配だった。
シラヤマヒメはこう言った。
「皇子は、ご自分でおっしゃいました。『うひるぎ』と、おっしゃったのです」
「『うひるぎ』の意味は『う』とは、大いなることを指します。
『ひ』とは、『太陽』のことです。『る』とは、『太陽』が降り来たということです。『ぎ』は、男の皇子を言います。
つまり、『うひるぎ』と、皇子自らご自分のお名前をおっしゃったのです」
千日の禊ぎの祈願をした父上のイザナギも、
長孕みで体力的にも苦しんだ母上のイサナミも、
「それは、よく聞き取って下さりました。有り難うございます」
と耳の良さを褒め讃え、感謝を述べた。
そして、キクキリヒメと、褒め名を進呈することにした。
キクキリ姫とは、聞き切ったこと、そして菊の花にも譬えたのだった。
第十七章 キクキリヒメの歌
キクキリヒメは褒められたことをお喜び、歌を歌った:
「あかたまの わかひるのるは あおきたま くれひのみたま ぬはたまなりき」
(赤き玉は真昼の若き力の魂、青き玉は暮れ日の澄みわたる魂、
そのすべてを抱いて、わたしはぬばたまの夜の魂となった)
この美しい歌声が、宮殿の静寂を破って響き渡った。それはまるで皇子の誕生を祝福する天の調べのようだった。
第十八章 大嘗祭の厳粛な執行
冬至る日になって、イザナギ・イサナミは大嘗祭を厳粛に執り行うことになった。
アマカミにご即位なされて、
「アメツチ(宇宙全体)」に国民の幸せをお祈りして下さる正式なお祭りだった。
大嘗祭は、二つの神殿を黒木(樹皮を剥がない丸太)で建てた。
ひとつを「ゆきのみや」と言い、もうひとつは「すきとの」と言った。
「ゆきのみや」は天地の中心を祭るものであり、アメトコタチを祭った。
「すきとの」は人の命を護るものであり、ウマシアシガイヒコヂを祭った。
終章 新しい御代の始まり
フタカミの、イザナギとイサナミは、大嘗祭の節目の祭祀も終えられて、
晴れて立派なアマカミとして、
ハラミノミヤ(富士山の南麓の宮殿)で政治を親しくご執政になられつつ、
皇子を温かくご養育なされておられた。
雪が静かに降る夜、宮殿の奥で皇子の寝息が聞こえている。
その穏やかな呼吸音は、まるで国の未来への希望を歌うかのように、
静寂の中に響いていた。
後にアマテルカミと呼ばれることになるこの神子は、
やがて大いなる光となって国土を照らすことになる。
しかしその時はまだ、誰もそのことを知る由はなかった。




