第十九話 一撃の重み
まー君とかいりの戦いが始まったのだが、お互いに様子を見ているだけで攻撃を仕掛けるそぶりは見られなかった。
今まで一度もまー君側から攻撃を仕掛けたことがなかったのでいつも通りと言えばそうなるのだが、かいりは熟練のスナイパーを思わせる集中力で一瞬の隙を見逃さないようにしていた。
だが、誰がどう見てもまー君は隙しか見せていないので逆に攻撃をしていいのかわからないように思えていたようだ。
「いよいよ本日最後の試合が始まりましたが、かいりちゃんはじっくりと様子を見る作戦なんでしょうか?」
「どうでしょうかね。傍目から見ているとまー君は構えもなく隙だらけのように見えるんですが、目の前にまー君がいる状況だとその隙も誘われているんじゃないかと思っちゃうようですよ。隙だらけでどのタイミングでも攻撃を当てられると思っているのに、実際にはほんの一瞬も触れることが出来ないって言ってましたね。紙一重で交わしているとかではなく、体を入れ替えているんじゃないかと思っちゃうくらいに大きく外れてる感覚になるとも言ってましたよ。ただ、外から見ている分にはそこまで大きく外れているという印象はないんですが、それだけ力の差があるという事なのかもしれないですね」
「なるほど。では、ソレをおそれてかいりちゃんは攻撃にうつれないという事なんでしょうか?」
「その可能性もありますが、なるべく体力を使わないように手数を制限している可能性もあるんじゃないですかね。実際に戦いとなると、演武以上に披露しちゃうと思いますから、なるべく余計な攻撃はせずにスタミナを温存したいと思っても不思議ではないですね」
「まあ、出来ることなら一撃で決めたいって思ってるのかもしれないよ。うちのお姫様もかいりちゃんと似たような体格でパワーはそこまでないんだけど、集中したときの一撃は災害級とも言われているからね。かいりちゃんがそこまでの力を持っているのかは知らんけど、それに似た何かがあるように思えるんだよ。詳しい事って何もわかってないの?」
天空の民の疑問に対して愛華と零楼館乳首郎は手元の資料を確認していた。
まー君の情報はすでに公開されているので誰もが知る事ばかりなのだが、かいりについては名前と基本的なプロフィール以外は空欄で、備考欄にただ一言『再挑戦者』とだけ書かれていた。
ただ、再挑戦者としての経歴は何も書かれておらず、どの程度繰り返しているのかが不明なため本当の強さはどのくらいなのかという見当はついていない。キレのある動きと何かを期待させるようなオーラをまとい、まー君とは違う強さがあるように誰もが感じていた。
その事が観客もわかっているからなのか、にらみ合ったまま動かない二人の様子を見ても動きを催促するようなこともなく、会場内は異様な静けさに包まれていた。イヤホンを付けていなくても実況解説三人の声が聞こえるのではないかと思えるくらいだった。
会場全体を包み込む静寂はやがて見ている者にも緊張感を与え、呼吸をすることすらためらってしまう程であった。もちろん、その場から微動だにせずにじっと二人を見守っているのだ。
その時間は永遠に続くものだと思われていたのだが、試合開始が告げられてから四十五秒が過ぎたと同時にかいりがまー君の顔面に向けて左ジャブを二発連続ではなった。
そのジャブは二発ともまー君に触れることすらできなかったのだが、その後も流れるように右フック左フック右ショートアッパー左フック右飛び膝蹴りと攻撃を繰り出していった。
もちろん、その攻撃は一度もまー君に触れずに空を切っていた。
「流れるような連続攻撃でしたが、少し距離感が合っていないようですね」
「もう半歩踏み込めていたら届いていたとは思うんですが、万が一の反撃に備えてしまったんで仕方ないでしょうね。ただ、最後の飛び膝蹴りは勇気があってよかったと思います」
「体力の続く限り手を出してほしいですね。何か行動をすれば奇跡はおきますからね。黙って見つめあっているだけではなく、今みたいな攻撃を続けることが大事ですから。今までも攻め続けて最後に攻撃を当てた人はたくさんいましたよね?」
「まあ、そういう人はたくさんいましたけど、一発当てた後にカウンターを食らって撃沈してた人ばかりだったと思いますよ」
いつからか、まー君は相手の攻撃を一通り避けた後に一発だけ攻撃を食らうようになっていた。
それに気付いたものは渾身の一撃をまー君に繰り出し、文字通り一撃必殺の攻撃をおこなっているはずなのだが、致命傷どころかダメージを与えることすら誰も出来ていなかったのだ。
「かいりちゃんの攻撃もだんだんとギアが上がっているみたいですね。攻撃のテンポが上がっているように見えますが、天空の民さんはどう見ていますか?」
「そうですね。確かに攻撃のテンポもリズムも一級品だとは思いますが、やはり体重とリーチが無いからか迫力に欠けるとの印象を受けますね。普通の人が相手だったらかいりちゃんの連続攻撃に耐えられないと思うんですが、相手はまー君ですから一撃の破壊力も必要になっちゃうと思うんですよ」
「私もそれに同意見なんですが、かいりちゃんが大きくなっている姿は想像できないですね。出来ることなら、あの可愛らしい見た目のままでまー君に一矢報いてほしいと思いますよ」
実況解説の三人だけではなく、会場にいる観客全てとモニターで観戦している多くの者たちが同じことを思っていた。
“そろそろまー君が攻撃を食らってカウンターを決める時間だ”
誰もが同じことを思い、二人の行方を見守っていたのだが、いつもと違う信じられない出来事が起こってしまった。
かいりが最後に繰り出した前蹴りがまー君の鳩尾に綺麗に入ったのだが、かいりの足が伸び切ったと同時にまー君は会場を包み込んでいる結界まで吹っ飛ばされていた。
結界にまー君が当たった衝撃で会場全体が大きく揺れ、それを見ていたものは何が起こったのか理解することが出来ずに口を半開きにして瞬きを繰り返していた。
実況解説の三人は自分たちの仕事を全うすることが出来ず、放送事故になるギリギリのところまで沈黙が続いてしまった。




