第十二話 たくさんの指
彼の中には神を畏れ敬うという気持ちは一切ない。彼にとって神とは魔物の亜種としか感じていないのである。他の人とは違い、神と戦うことに対しても特別な思いなど微塵も持ち合わせていないのである。
そんな彼のもとへ思いもよらぬ知らせが届いたのだ。
史上最高ランクのサキュバスであるうまなちゃんと史上最高評価を得た新人サキュバスのイザーちゃんと二人同時に永久契約を結んでから一週間ほど経った日の早朝であった。
今まで一度も見たことが無いような豪華な装飾が施された箱の中に手紙が一通入っていたのだが、その手紙を守るように無数の指が隙間を埋めるかのように詰め込まれていた。その指はなぜが全て深紅のマニキュアが塗られていたのに何か意味があるのだろうか?
まー君はその指に関して特に何の反応も示さなかったのだが、うまなちゃんは脱兎のごとくその場から離れ、イザーちゃんはその指がいったい何なのか確認するかのように一つを手に取ってじっくりと眺めていた。
「そんな気持ち悪いもの触らない方が良いよ。それが本物でも作り物でもどっちでもいいんだけど、本気でヤバいって」
「まあ、確かに気持ち悪いとは思うけど、そんなにビクビクしなくても大丈夫だと思うよ。だって、これって男の人の指だもん」
「いやいやいや、そんな風に男の人の指だもんって言われたところで安心なんて出来ないって。むしろ、男の人の指ってわかる方が怖いわ」
「ええ、そんなに怖がることでもないと思うよ。それに、これは全部同じ人の指だと思うよ」
「何でそんなことがわかるのよ?」
「だって、指紋が全部一緒だもん」
正確な数を数えたわけではないが、少なく見積もっても五十本以上はありそうな指が全て同じ指紋だという。うまなちゃんに続いてまー君もドンびいていたのだが、イザーちゃんの好奇心を止めることは誰も出来ない。止めるという事は箱の近くに行くことになると思うのだが、うまなちゃんもまー君も箱に近付こうとはしなかった。
指に気を取られてしまっていたが、まー君は手紙の内容も気にはなっていた。いったい何が書かれているのだろうと思っていたのだが、イザーちゃんがたくさんの指を使って遊んでいる姿を見て手紙を読んでいる場合ではないと感じていた。だが、うまなちゃんはさっさと手紙を読んでイザーちゃんの奇行を止めさせてほしいと切に願っていたのだ。
イザーちゃんが箱をひっくり返してテーブルの上に指を全部出したのだ。
その行動にうまなちゃんは本気で嫌がっていた。まー君も気分は良くなかったが、うまなちゃんほど嫌がっているようには見えない。でも、その後のイザーちゃんの行動を見て二人とも同じくらい引いていたのだ。
「ねえねえ、これってどう見える?」
どう見えるも何も誰の指かもわからない得体のしれない指なんて見たくもない。うまなちゃんは視界に指が入らないように天井を見ていた。
二人で無視するのも気が引けるし、イザーちゃんが気分を害してもよくないと思ってその質問に答えないわけにはいかないと思ったまー君だった。なるべく指を見ないようにしながらもどこか浮かれ気味で楽しそうにしているイザーちゃんを見ているのだが、テーブルの上に並んでいる指が思わず視界に入ってしまった。
「それで遊ぶのはあんまりよくないんじゃないかな。それが作り物の指だったとしても、気持ちの良いものじゃないと思うよ」
「うーん、たぶんこれは作り物じゃないと思うな。だって、触ってる感覚が本物の指っぽいもん」
箱の中に入っていた指が本物か偽物なのかなんてどうでもいい話なのだ。
重要なことは、なぜイザーちゃんがそこまでこの指に興味を抱いているのかという事と、この指を使って遊んでしまっているかという事なのだ。
何に対しても好奇心旺盛なことが史上最高評価を獲得するために必要な素養だったとしたら、評価なんて平凡でもいいと思ううまなちゃんとまー君であった。
「ほらほら、この指が何を表してるか二人はわかるかな?」
何を表しているのかなんて聞かれなくても二人は理解している。
ただ、どうしてそんな事をしているのかというイザーちゃんの事は理解出来ずにいるのだ。
指を使って遊ぶという事にエッチな印象を持っていたまー君ではあったが、イザーちゃんの今回の行動を見て“指で遊ぶ”という行為にエッチな印象は一切持てなくなってしまった。何か別の言葉を考える必要が出てきそうではあるが、“指”という言葉にも悪い印象を持ってしまいかねない。
「イザーちゃんがそんな事をする人だとは思わなかったけど、指を使って文字を作るのはどうかと思うよ。それに、その指でその文字を作るのに悪意を感じちゃうんだけど」
「俺もちょっとその言葉を作った意味が理解出来ないかも。意味自体は理解出来てるんだけど、それを使ってその言葉を作るのは良くないと思う」
「ええ、そうかな。私はこれくらいの太さと長さがあればちょうどいいんじゃないかなって思ったんだけどな。まー君はきっと経験ないと思うんで、これで試してみるのはどうかな?」
何を試せというのだ。まー君はそう言いたい気持ちをグッと堪えた。イザーちゃんの事を否定することは出来なかった。
しかし、本気で拒否をしようと思っていたまー君ではあったが、その気持ち悪い指ではなくイザーちゃんの細くしなやかな指だったら試してもらってもいいのではないかとうっすらと思ってはいた。
ほんの一瞬だけではあったがニヤケ顔になってしまっていたまー君を見たうまなちゃんは本気でいやそうな顔をしていた。
イザーちゃんが指を使って書いた文字は“メスイキ”だった。




