第一話 紅茶の美味しい爽やかな朝
昨夜の嵐が嘘のように穏やかな朝。澄み切った空気が心地よい風と共に爽やかな一日の始まりを告げている。
そんな一日の始まりをぶち壊してしまうような集団が息を殺して住宅街を練り歩いていた。なるべく誰にも迷惑をかけないように気を使っているようにも見えるのだが、多くの人はその集団とすれ違わないようにいつもと道を変えて避けていた。
ほぼ全裸に近い海水パンツだけを身につけた成人男性の集団は爽やかな朝日によって照らされ、一種の神々しさを感じさせるようにも見えたのだけれど、冷静になって考えてみたら関わりたくないと思っても仕方ない存在であった。
海水パンツ一丁の集団は昨夜から暮らすはずだった家を追い出され、新しい住居を探してさまよっているのだが、壁と屋根があればどこでもいいというわけではない。自分たちを受け入れてくれる心優しい男性の家でなければ落ち着くことが出来ないのだ。
その条件をクリアしているまー君の部屋で過ごすことになっていたはずなのに、サキュバス娼館からの猛抗議によってなかったことにされてしまった。
結果的に、まー君は生まれて初めて味わった完全なる敗北を知っただけで罰を受けることもなくなった。もともと罰を受けてこその敗北感を噛みしめるという計画があったようなのだが、その計画もご破算となってしまったためにまー君が負けたという結果だけが残ってしまう。何とも形容しがたい結果になってしまったのだ。
同好の士には熱く、それ以外のモノには紳士的に。というモットーで行動している海水パンツの男性集団はなるべく音を立てないように静かに移動しているのだが、あまりにも異様な光景と空気感によって爽やかな朝はその一帯だけ怪しい空気感に包まれていた。
集団の中で誰かがボソッと言った、零楼館乳首郎の家なら受けれてもらえるかもしれない。という言葉が集団の中で共通認識となり、一同が目指す目的地は零楼館邸となったのだ。
人目を避けるためになるべく大通りを避けて住宅街の端の方を歩いていいたのだけれど、普段は人通りの少ない場所であるがゆえに海水パンツ一丁の成人男性集団が歩いているという姿は日常ではない何かのようにも見えていた。
この異様な光景を見たある者は映画の撮影なのではないかと思い、またある者はミュージックビデオのワンカットではないかと考えた。そのほかには、新しい戦術の極秘実験が行われていると思っていたり、この世の終わりが具現化したと考える者もいた。
誰一人として、海水パンツ一丁の成人男性集団を見て好意的な印象を持った者はいなかったという事実だけは共通認識として周知されていたようだ。
そんな不気味な集団が自分の家の近くにいたという事すら気付いていないまー君は悪夢を見て飛び起きたのだが、その悪夢が現実ではなかったという事に安堵してベッドからゆっくりと抜け出すと、いつものようにお湯を沸かせて紅茶を丁寧にゆっくりと時間をかけていれていた。
すっかり嵐もおさまり爽やかな朝にふさわしい一杯を楽しんでいると、フルーティな香りに誘われたのかパジャマ姿のうまなちゃんとイザーちゃんがソファに座ってまー君をじっと見ていた。
その視線に気づいたまー君は先ほどと同じように丁寧にゆっくりと紅茶をいれていた。それを見守るうまなちゃんとイザーちゃんは窓の外を一瞬だけ見てすぐに視線をまー君に戻していた。
「昨日の夜はどうなる事かと思ったけど、何事も無くて良かったね」
まー君の言葉の意味がどちらを表しているのか一瞬理解出来なかったうまなちゃんとイザーちゃんだったが、昨夜の嵐の事だろうと思ってたけれど、それが間違いではないかと確かめるように返事をしていた。
「家の中はさすがに平気だったけど、街灯も街路樹も結構揺れてたよね。あんなに凄い嵐って、まー君は体験したことある?」
「何回もあるよ。昨日みたいに安全な建物の中にいたこともあれば、魔物との戦闘中ってときもあったし、船で移動中に嵐にあった時は海に投げ出されるんじゃないかって思うくらいに危なかったんだ」
「へえ、再挑戦者でも危険な目に遭う事はあるんだね。戦い以外でも命の危険ってあったりするもんなんだ」
「まあね。それなりに修羅場はくぐってきたからさ。でも、昨日の夜は怖くてなかなか寝付けなかったよ」
「そんな風には見えなかったけどな。この部屋って結界に守られていて外部からの攻撃を完全に遮断してくれるから嵐だけじゃなく地震の影響もないと思うんだけど、まー君って意外と繊細なんだね。そんな子供みたいな一面もあるなんて、ちょっと意外かも」
うまなちゃんとイザーちゃんは今まで知ることもなかったまー君の新しい一面が見れたようで少し嬉しく感じていた。
だが、その期待を裏切るかのように真実を告げるまー君。その言葉を聞いてうまなちゃんとイザーちゃんは嫌なことを思い出してしまった。
「いや、嵐の方じゃなくて、罰ゲームの方。ほら、昨日俺が負けた時の罰ゲーム」
「ああ、そっちね」
「それはもう済んだ話だし、どうでもいいんじゃないかな」
「どうでもいいとは俺も思ってるんだけど、この部屋に一度でも入ってきたのかどうかは気になるよね」
「それは大丈夫じゃないかな。色々と不安だったかもしれないけど、何事もなかったってことで安心していいと思うよ」
「そうそう、罰ゲームなんて無かったって思って忘れちゃうのが一番だよ」
芳醇な香りのする紅茶をゆっくり味わう三人。
爽やかな朝を彩るべきニュースではなく、この世の終わりの始まりかのようなニュースが三人の食欲を一気に失せさせてしまった。
『零楼館邸前からお伝えします。先ほどから水着だけを身につけた男性の集団が零楼館邸前に集合し、中に入れるようにと騒ぎ立ていてます。彼らは中に入る権利があると声高々に主張を続けているのですが、零楼館邸からは一切反応がないようです。彼らが何者でどこからやってきたのかは不明ですが、警察も軍隊も近隣住民に危害を加えないかと注視はしているようです。おっと、日本魔法連合協会の幹部の方が中から出てきたようです。男性集団の代表者と話をしているようですが、ここからでは会話の中身までは聞き取ることが出来ません。二人は握手をしてから同時に頷いているようですが、幹部の方だけが零楼館邸に戻っていきました。男性集団は声を出さずに静かに整列しているのですが、全員の視線が正面入り口に向いているようです。おっと、今ゆっくりとですが門が開き始めました。完全に門は開いてはいませんが、一人ずつ順番に男性たちが中へと入っていきます。どうやら事態は最悪の結果にはならないようです。以上、現場からお伝えいたしました』




