【第九話】トラウマの再来
二月十一日正午
愁人は恋人の生井美幸の手を引き、カオスな状況の町中を駆けていた。その日、愁人と美幸はデートで一緒に映画を見に行っていた。だが、突然大スクリーンが割れ、そこから鏡の住民が出てきて大パニックになった。そして、わけも分からぬまま二人は強く手を握り締め合いながら逃げているという状況だった。
「愁人君、私少し疲れた。」
「何言ってんだよ。ここにいたらやばいぞ。取り敢えず、人気の無いところまで行くぞ。」
二人は迷わず路地裏に入って行き、そこで一休みをすることにした。美幸を孤立したコンクリートに座らせると、愁人は腰に手を当てながら、何とか落ち着きを取り戻した。
「あれ、何だったんだろ。突然現れたらみんなを襲いだした。」
「全然わからない。テロ組織とかか?でも、日本で珍しいな」
「いやいや、あれスクリーンの中から出てきたし、顔も明らかに人間のものじゃなかったよ。」
そんな悠長なやり取りをしていると、
『パリーン』
突然後ろから鏡の悲鳴がした。咄嗟に振り返ると、顔無しの鏡の住民が不法投棄されてた全身鏡から現れていた。
「逃げるぞ」
愁人はパニックになりながらも美幸の手を掴み走ろうとした。だが、愁人の手は空振りをした。なぜなら、愁人が美幸の手を掴む前に美幸は鏡の住民に捕まってしまったからだ。
「美幸」
「愁人君」
恐怖で絶叫する美幸とけたたましく叫ぶ愁人。美幸が鏡の住民に顔を近づかせられて吸収されそうになった時、愁人はすぐ近くに落ちていた警官の制服にリボルバーが入っていることに気づいた。愁人は磁力の働いた磁石と鉄くずのように素早く引かれ合った。愁人は慣れていない手振りで鏡の住民に対し銃口を向けた。だが、美幸がいるせいで上手くエイムを合わせることができなかった。すると美幸はポロポロと泣きながら、愁人に対し、予想だにもしなかったことを言い放った。
「撃って。私は大丈夫。愁人君に殺されるなら後悔はないよ。」
震える手、積み上げてきたものを崩さないようにする受験のような緊迫感。定まらないリボルバーを両手で持ち、決意を固める。人生で最初の発泡、人生最後になるはずの発泡。愁人は冷たい風を身にまとい、引き金を引いた。
現実は残酷だ。ドラマとかアニメみたいに土壇場の奇跡なんて与えてくれない。静かに目を閉じながら崩れ落ちる美幸の姿。愁人は美幸の脳天を誤射してしまった。
「美幸」
愁人はまだ少し温かい美幸の亡骸を抱きしめて、力一杯に泣き叫んだ。背後から理不尽に近づく鏡の住民、愁人は怒り狂ったような表情で今度は鏡の住民の脳天に発泡した。
その後愁人は当て所無く街中を徘徊し、見える鏡の住民と反射物を全て壊した。これは八つ当たりなのか?それとも憎悪か?いつの間にか愁人の心の中には破壊衝動というドス黒い小さな塊ができ、それはまたたく間に喜びや悲しみ、絶望、怒りといった感情を取り込んでいき、最後には愁人の中にはそれしかなくなった。
ー現在愁人目線ー
愁人は今置かれている状況が怖くて仕方なかった。でも、もしここで引き金を引かなかったら前へは進めない。愁人は言われた通りに曳光弾を詰めた機関銃を構え、
「現実は残酷だ。でも、もっと残酷なのはそれを逃避することだ。」
そう自分に言い聞かせると、善輝に向かって何度も発泡した。
ー善輝目線ー
善輝は足元を撃たれながらも、何とか自身の耐性を保ち、愁人に対し感謝をした。
「ありがとう愁人。これでいける。」
愁人の銃から放たれた曳光弾は周囲一体を明るくした。その瞬間、急接近してきていたケイの能力が一時的に解除された。目を丸くするケイの姿が善輝にははっきり見えた。そして、暗闇に逃げる前に善輝は持っていた刀をケイの腹部に刺した。
「なぜ、なぜそこまでできるのですか?あなたは私に何度も切られ、挙句の果てには仲間にも撃たれているのにどうしてそこまでできる?」
「知りたいか?」
善輝は呼吸を荒くし、血反吐を吐きながらも下から蛇のような目で睨みつけながら答えた。
「ファミリーだからさ。信じられる仲間だからさ。」
善輝は『継承の力』で輝く魂の力を刀に集中させてケイの体を力強く貫通させた。
「これは・・やばい・・」
ケイは叫びもがきながらも、体を素早く回転させて善輝の刀から逃れた。善輝は振り落とされると、その場でドミノ倒しをした積み木の如く、そのまま倒れてしまった。だが、ケイもまた今まで経験したことのない程の致命傷を負っていた。
「もうしょうがない。ここから逃げます。『核となる鏡』はまた作ればいい、契約者の吸収も生きていればいつかはできる。」
そう言って闇に逃げようとすると同時に『核となる鏡』からは百体程の女王蟻のような質素な翼を生やした鏡の住民が一斉に飛び出してきた。愁人は契約を解除させると、ボロボロな善輝の元へと駆け寄った。
「父さん、大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっと再生は遅いし、痛いけど、まあ大丈夫だよ。」
二人は空を縦横無尽に飛びながら立体駐車場から離れていく鏡の住民の姿を見ながら、
「すいません、とどめをさせなくてもう契約の力は時間切れで」
すると、善輝は不敵な笑みを浮かべながら
「僕がこれを想定してなかったとでも思うのか?あいつらを待たせた甲斐はあったな・・」
「みんな来たよ。さあ、始めよっか。」
友樹は立体駐車場から少し離れたビルの屋上からスマホを片手に長く伸びた髪を夜風になびかせた。
続