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八月二一日①

 午前九時一〇分。本橋の電話が鳴った。受話器を取ると、御子柴の声が聞こえた。

「お疲れ、御子柴だ」

 心なしか声に張りがない。

「お疲れ。どうだった?」

「実はあまり芳しくない。もらった住所な、通勤経路から五キロくらい逸れた場所だったから、朝と夜チャリで寄ってみたんだ。かなり古い平屋だな。同じような建物が十棟くらい並んでいた。結構な割合で人が住んでいるようだったが、目的の家には人が住んでいる気配がなかった」

「どういうことだ」

「朝、カーテンが開けられていることもなかったし、夜、電気が付いていないんだ。一度も。それで電力計を見てみたら、回っていなかった」

「郵便ポストは?」

「それが不思議なんだ。朝はチラシとかが入っているのがポストの覗き窓から見えるんだけど、夜には無くなっているんだ」

「本人が住んでいるのかな。電気も通っていない家に」

「考えにくいな。大家か他の誰かが毎日ポストの中をチェックしているのかも知れない」

「うちの署の労災課からの文書は全てその住所宛に郵送しているんだ」

「本人の手に届いているかどうかは分からないが、誰かには届いているんだろうな。なあ、」御子柴が書類をめくる音が聞こえた。「件の女性がその住所に転居したのは、つい最近だよな」

「二ヶ月前だ」

「その前の住所も当たってみようか」

「遠いんじゃないのか」

「自宅から百キロ位かな。もう少し時間がもらえるんだったら、明日か明後日ひとっ走りしてくるよ」

「平日だから仕事だろ?」

「この間の日曜日に労災事故があって災害調査だったんだ。その代休をとろうと思ってる」

「どんな事故だったんだ」職業柄、どうしても気になって本橋は尋ねた。

「うちの管内には似つかわしく無いんだけどさ、化学工場があってね。そこで定期修繕後の再起動作業中に操作ミスがあってちょっとした爆発が発生したんだ。その工場が出来たのが昨年なんだが、とにかく事故が多いんだ。結構危ない性質の物質を扱っている上に現場作業員が経験不足なものだから、見ていても危なっかしいんだ。そのうち大事故起こすんじゃないかって、うちの署でも懸念しているんで小さな事故でも調査に行ってるんだ」

「厄介だな。爆発事故と酸欠事故は予兆がないから怖いよな。気をつけろよ」

「杉並じゃあ、そんな物騒な工場ないだろう」

「オレは最近人間が怖いよ」本橋は冗談めいた。「しかし、代休に骨折ってもらって悪いな」

「丁度この間買った新車の試走もしたかったんだ」

「軽自動車と同じくらいの値段の自転車か」

「お前が乗ってたインテグラタイプRよりは安いよ。オレにとっては車代わりだしな」御子柴は笑った。「また、連絡する」

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