八月一八日⑧
副署長の席を辞した後、本橋は斎城に連れられ休憩室へ向かった。斎城は自販機にコインを投入すると、本橋の方に振り向き「好きなの選んで」と促した。礼を言いながら本橋はペプシ・コーラのボタンを押した。本橋が缶を取り出すと、斎城はレモンティーのボタンを押した。
「迷惑かけてすみません」
「本橋君のせいじゃないわよ。それにこういったクレーマーには、きちんと対応しないとダメだわ」斎城はペットボトルのキャップを開けると一口含んだ。「月曜日、本当に彼らが来るのであれば私が対応するから、安心して」
斎城の自身と確信に満ちた態度に、本橋のみならず杉並署の皆がいつも安心させられる。東原などは飲み会になると斎城のことを「お母さん」と呼んで、いつも決まって「あんたを産んだ記憶はない」と言われている。上司に信頼されていると思えばこそ、その信頼を裏切りたくないと思うものだ、ということを本橋は斎城の部下になって改めて実感した。
「迷惑ついでってわけじゃないですが、この間の墜落事故のことでちょっと動きたいことがありまして……」本橋が言いかけると、斎城は最後まで聞かず、「やり足りないんでしょ? あなたが思うとおりに、自由にやりなさい」と本橋の背中をポンと叩いた。
休憩室を出て行く斎城の後ろ姿を見送ると、本橋は窓から差し込む日差しで首筋を焼かれていることに気づいた。窓の外を見やると、太陽が飽きもせず激しい熱気を放出していた。その実像は、眩しすぎて輪郭すら直視することができなかった。実はそこに太陽はなかったとしても、確かめようがない。
「だから、そこには太陽があるということにしよう」
本橋は自問した。それでいいのだろうか? もちろん、良くない。直感が外れたとき、これから自分が行おうとする行動をうまく釈明できるか、確信が持てなかった。しかし、真実を探求するためにはそのリスクを犯すしかない。用意周到な書類、偶然にも最近消息が明らかになった遺族、名前だけの社長。本人がどう言おうと、裏で糸を引いているのは白岩だ。奴を表舞台に引っ張り出すしかない。自分で出てくる気がないのなら、こちらから出向いていこう。太陽から目を反らすと、その残像が目の前に大きな黒点となって浮かんだ。それが自分の決断の結果の代償を暗示しているように思えた。




