八月八日④
本橋が勤務する杉並労働基準監督署は、荻窪駅付近にあった。杉並区は元々新宿労働基準監督署の管轄だったが、五年前の組織改編で杉並区と中野区を管轄する署として新設された。丸ノ内線で中野坂上駅から荻窪駅まで行き、都道四号線沿いに十分程歩く、というのが本橋の通勤経路だった。駅から出る乗客達の多くは、連日の猛暑に苛まれ、これから出勤するというのに既に一日の激務を終えた後の様に疲れて見えた。
環状八号線と交差する手前にある、三階建ての元民間ビルが杉並労働基準監督署だった。国の財政事情が厳しいために、庁舎の新築等出来るはずも無く、売りに出ていた古い雑居ビルを買い上げたらしい。本橋は入り口のガラスドアを押し開き、階段で三階まで上った。
本橋の配属部署は、「方面」と呼ばれていた。主に労働基準の監督を所掌しており、労働基準監督官が配属されていた。「方面」はさらに幾つかの指揮命令系統に分けられていたが、杉並署では第一方面から第四方面まで四系統あった。各方面には、方面主任監督官という課長待遇の役職者がおり、その下に二人から四人の「ヒラ監」が部下として配置されていた。「ヒラ監」とは、つまり「ヒラ社員」と同じ意味だ。




