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八月一八日②

 本橋がトイレから戻ると、ティーシャツにジーンズ姿で診療ベッドに浅く腰掛けているヒロの姿が見えた。握り飯と味噌汁が矢部のデスクに置かれ、美味そうな匂いが診察室に充満していた。

「エイジ、元気になった?」

「ぼちぼちかな」

 矢部が握り飯を片手に、「小便に血が混じっていたか?」と尋ねた。

「分かんないけど、真っ赤じゃなかったよ」

「それじゃ、大丈夫かな」そう言いながら、矢部は残りを口に放り込み、医療用グロープを手にはめるとトイレの方に向かった。

「ヒロ、昨日はありがとう。店は大丈夫だったのか」

「大丈夫。常連の子に鍵預けておいたから。いつも手伝ってもらってるから手慣れてるわよ」

「あのさ……」本橋が言いかけると、ヒロが笑った。

「わかってるって。今日も仕事行くんでしょ。スーツ一式、部屋に寄って取ってきてあげたわよ。飯食べて、元気つけて着替えてよ」

カーテンレールに、本橋のスーツがぶら下がっていた。

「いや、オレは今日休むかどうか悩んでいたんだけど」

「悩んだって、結局行くんでしょ。エイジはそういう人よ」

「オレ自身よりも、オレの考えを先読みするとはな」

本橋は、ヒロの手回しの良さに苦笑いすると、ワイシャツに手を通した。そこに春海がコーヒーポットを手に奥の台所から戻ってきた。そして、ネクタイを締める本橋を見て、「ヒロちゃんが言うとおりね」と可笑しそうにコーヒーをカップに注いだ。「何があっても仕事に行くって言うに決まってる、って瑛ちゃんの部屋に寄ってスーツ取ってきたのよ」

「本当は行く気なかったんだけど、ここまでお膳立てされたんじゃ仕方ないよ」

春海から渡されたカップを受け取ると口に含み、味わった。

矢部がグローブを脱ぎながら診察室に戻ってきて、春海からカップを受け取った。

「大丈夫みたいだな。腹筋に感謝しろ」

「サンキュー。先生」

本橋は診察室の壁にかかった時計を見た。午前七時四五分だった。

「春海さん、ヒロありがとう。そろそろ行かないと」

「少し位、遅くなってもいいんじゃないの?」

春海は呆れた顔をして、握り飯を二つ紙袋に入れ口を丸めると、本橋の手に渡した。

 本橋は握り飯を受け取ると、片手を上げて診療所から外へ飛び出した。真夏の旭光が今日も本橋に降り注いだ。道路脇に捨てられた大量のゴミ袋の山にカラスが群がっていた。生ゴミの悪臭が、繁華街の正体を象徴していた。

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