八月一八日①
「調子はどうだ」
目を開くと、矢部が窓から差し込む朝日を背に立っていた。硬直していた全身の力が抜けた。全身が汗でぐっしょり濡れているのを感じた。
「ここに来たのがついさっきのことのように感じるけど、気のせいかな」
「実際、四時間しか経ってないからな」
矢部は、本橋の上半身に満遍なく聴診器を当てた。それから、タバコに火をつけ、カーテンを開けて待合室の方に姿を消した。
「おい、爺さん。もう朝だぞ。さっさと働きに行って、診察代稼いで来いよ」
カーテン越しに矢部の声が聞こえた。
「先生、まだ頭がガンガン痛いよ」
「それは二日酔いっていうんだよ。初めてじゃないだろ?」
老人はぶつぶつ言いながらも、ドアを開けて出て行ったようだった。それと入れ替わるようにドアが開く音がして、春海の声がした。
「先生、おはようございます」
「おう、春海ちゃんおはよう」矢部が相好を崩したのが、声だけでわかった。「今日はいい天気だから、一緒にハーレーに乗って山中湖でも行かないか?」
「先生、昨日ほとんど寝ていらっしゃらないでしょ。危ないわ」
「わしが眠ってしまっても、ハーレーは勝手にまっすぐ走ってくれるから大丈夫なんだよ」
「相変わらず、お元気ね」春海は楽しそうに笑った。「瑛ちゃんは、元気になったかしら」
「もう起きてるよ」
二人の足音が近づき、カーテンが開いた。
「瑛ちゃん、おはよう。具合はどう?」春海が本橋の額に手を当てて尋ねた。
「おはようございます。随分良くなったよ」
「良かったわね」
春海が、本橋を慈しむように見つめた。
二人が話す様子を椅子に腰掛けて見ていた矢部が面白くなさそうに、
「おいエイジ、お前トイレ行って小便取って来い。取ったやつはこっちに持ってこないで置いとけよ」
と、傍にあった採尿用の紙コップを一つ取り上げた。
本橋は頷くと、ゆっくりと身体を起こした。打撲か何か原因は分からないが、身体中の痛みが蘇った。
「大丈夫?」
春海が本橋の身体を支えた。
「春海ちゃん、大丈夫だよ。放っておけ」
矢部はタバコを灰皿に押し付けた。




