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八月一七日⑥

 日は完全には沈んでいなかったが、高速道路を走る車はライトを点け始め、雑木林は黒い塊にしか見えなかった。蝉の鳴き声も散り散りになり、カラス同士の会話が空に響いていた。来る時は気づかなかったが、雑木林の間の小道は街灯もなく真っ暗だった。闇の中で僅かに浮かび上がる砂利道を歩きながら、本橋は黒本組の食堂で見たノートのことを思い出した。陣内は、梶原が言ったとおり、確かに七月二三日には新宿を去ってここに来ていた。そして七月三〇日まで連日浴びるように酒を飲み続け、三一日から死亡するまでの間、酒を絶っていた。記録漏れだろうか。酒代は重要な収入源なのだからそんなはずはない。実際に現場に出始めたのは八月一日からだった。娘のために真面目に働こうと思い、体調を整えようと改心したのだろうか。そうかも知れない。しかし、陣内が娘のために稼ごうと思ってここに来たのが本当だとしたら、おかしいのは酒を飲んで無駄に過ごした七月三〇日までの行動ではないか。

 そのとき本橋は、自分の靴が砂利を踏み鳴らす音とは別に、背後で僅かに砂利が擦れる音がしているのに気付いた。誰かが後をつけている。この先、雑木林を抜け、畑を通り過ぎた先の住宅街まで人気はない。本橋は背後の音に細心の注意を払いながら歩き続けた。背後の足音は一定の距離を保っているようだった。やがて自分の足元で砂利が鳴る音が消えた。雑木林を抜けて舗装道路に出たのだ。本橋が履いている靴の硬いヒールはアスファルトを叩く音がしたが、背後の足音は柔らかいゴム底なのか殆ど聞こえなくなってしまった。本橋は背中に注意力を集中させ、畑の間の道を歩き続けた。警戒心が心拍を早めた。白岩のような輩は、「多少痛い目に合わせれば、思い知るだろう」と考えてもおかしくない。角材か何かで殴られて痛い思いをするのも避けたかったが、畑の土でスーツを汚すのはもっと避けたかった。あと百メートル先には街灯が見える。振り返ったら突然襲いかかろうとする男の姿が視界に飛び込んできそうな気がして、前を見たまま歩き続けた。そして、ようやく最初の街灯までたどり着くと、本橋は最初の角を左に曲がり、ブロック塀に背をつけて立ち止まって左拳を握りしめた。すぐに足音が近づいてくるのが聞こえ、本橋の目の前に男がヌッと現れた。

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