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八月八日②

 浴室に入り、水のシャワーを浴びた。汗のぬめりをとり、シトラスミントの香りがするシェービングジェルを口の周りに塗り付け、水を背中に浴びながら、剃刀で髭を剃った。

 バスルームから出ると、旧世代エアコンが力任せで部屋を冷やしていた。

 テーブルの上で水滴にまみれている飲みかけのペットボトルを取り上げ、一気に飲み干した。テレビのスイッチを入れると、新宿駅のホームが見下ろすように映され、「JR各線は平常どおり運行しています」とJRの制服を着た百人並みの容姿の女性がしゃべっていた。

 部屋の隅の簡素なキッチンで、パンをトーストしながら、手早く卵とソーセージを焼いた。そしてトーストにそれらを挟み、立ったまま口の中に放り込んだ。壁に掛けられた時計を見ると午前七時三〇分を指していた。コーヒーは省略だ。アイボリーホワイトのレギュラーカラーのシャツに袖を通し、ブラックのツータックのスラックスを履いた。鏡を見ながらネクタイを締めた。

 身支度を済ませ、玄関脇に置いてあったキーホルダーを手に取り、玄関のドアを開けた。部屋の前には廊下を挟んで事務所が一室あるが、いつも人の気配はない。鉄製ドアの上半分にはめ込まれたガラスに「株式会社日暮里商事」とマジックインクで書かれた紙が貼られていた。その紙は名刺の裏側の様で、引っ越したときから貼られていて、すっかり黄ばんでいた。

 施錠し、階段を下りた。エレベーターは一年前に壊れた。建築基準法では五階以上のビルにはエレベーターの設置義務があるはずだが、オーナーに修理するつもりはなさそうだ。テナントが一階しか入っておらず、その他の入居者が五階の本橋と得体の知らない会社だけの古ビルでは修理する意味がないと思っているのだろう。

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