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八月一七日②

 車が行き交う県道から逸れて住宅地をしばらく歩くと、突然家並みが途絶え、畑が両側に広がった。右手を見ると遠くに本橋と並行して車が走っていくのが見えた。さっきまで本橋が歩いていた県道だろう。畑の上には自分の影が長く伸びていた。影の延長線上に、高速道路特有の緑色の案内標識が見えた。本橋は視界の端に、もう一つ人影が伸びているのにふと気づいた。おそらく梶原だろう。しかし本橋は振り返ることなく、視線を前に戻した。目の前に続く道はかろうじて舗装されていたものの、車同士がすれ違うにはどちらかが路肩に避けなければならないほどの幅員で、やや蛇行しながら畑の向こうの雑木林の中に続いていた。「この先車両通り抜けできません」と手書きで書かれた縦長の白い看板を通り過ぎ、雑木林に入ると、蝉のけたたましい鳴き声に包まれた。道の両脇は鬱蒼と生い茂った雑草が伸び、不法に投棄されたテレビや冷蔵庫がその合間から見えた。本橋は、果たして正しい道を進んでいるのか分からぬまま木々の間に続く緩い坂を上り続けた。やがてその先に高速道路のフェンスが見え、高速で走る大型車のロードノイズがかすかに聞こえてきた。行き止まりだろうか。本橋は、そうであった場合に引き返さなければならない距離を敢えて想像しないように努めながら、とりあえずフェンスまで歩を進めた。幸いなことに道はフェンスに沿ってカーブして続いていた。高速道路を行き交う車と、道路を挟んだ反対側に建っているモーテルを見下ろしながら、フェンスに沿って伸びる小道を進むと、雑木林の間にぽっかりと広がった砂利敷きの空間があった。手前の方は駐車場のようだったが、白いベンツがポツリと一台駐まっているだけだった。敷地の隅に置かれた煤けたドラム缶から、鼻をつく異臭とともに黒煙が立ち上っていた。そして奥の方にベージュの古ぼけた二階建てのプレハブが二棟建っていた。看板も何も出ていないが、ここが黒本組の寮に違いなかった。蝉は変わらずけたたましく鳴いていたはずだが、本橋にはもう聞こえていなかった。本橋は砂利を踏み鳴らしながらプレハブの方に向かった。途中ベンツのナンバーを一瞥すると、品川ナンバーだった。この辺で登録された車両であれば千葉か習志野ナンバーのはずだ。二棟のうち北側のプレハブの手前に貧相な縦長の赤いポストが見えたので、おそらくそこが事務所だろうと見当をつけた。アルミサッシの引き戸のガラスから中を覗くと、人気はなく、薄暗い室内には向かい正面に事務机が一つ、その手前に黒い応接ソファーが置かれていた。本橋は、地主で傀儡の社長の大和田に事前に連絡すれば、白岩が本橋との接触を避けるために画策するだろうと考え、予告なくやってきたのだ。無駄足になることは想定していなかったわけではないが、それが現実となることは避けたかった。道路からはプレハブの妻(建物の短い面)側しか見えなかったので分からなかったが、窓の数から数えると一棟に十室くらい部屋があるようだった。これだけ人がいるのであれば、誰かいるかも知れない。そう思い、本橋は窓の中を覗きながらプレハブに沿って歩いた。どうやら四畳程度の居室に二人ずつ住んでいるらしい。どの部屋も決まったように、万年床となった布団があり、その脇に読み回したのかボロボロになった週刊誌やマンガ本が置かれ、吸い殻が詰め込まれた灰皿があった。北側のプレハブの奥まで歩を進めると、プレハブのさらに奥に平屋の小ぶりのプレハブが見え、そこから野菜を煮込んでいるような匂いが漂っていた。

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