八月八日①
遮光カーテンは、夜の闇と静寂を保つという使命を果たそうとしていたが、その間隙を突いて朝日が室内に侵入してきた。その光は容赦なく室温を上昇させ、その部屋の住人を降参させた。
本橋はシーツが汗でびっしょりと濡れているのを感じながら、目を覚ました。
ベッドから立ち上がり、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターのペットボトルを取り出した。キャップをひねり、口の中に流し込んだ。冷えきった水分が口、喉、食道を強烈に冷却した。
ふと、壁に掛けた鏡をのぞくと、そこには玉のように汗が噴き出している上半身裸の自分の姿が映っていた。一七七センチメートル、筋肉質ではないが引き締まった身体の左脇腹には十センチほどの古い傷跡があった。
新宿区と中野区の境界線でもある神田川。その川にかかる淀橋の橋畔にある雑居ビルの五階が本橋の住まいだった。当然居住用の造りではなかったが、三年前に引っ越してから、住めるように少しずつ手を加えてきた。
カーテンとともにベランダの窓を開けると、朝日と呼ぶには凶暴すぎる日射だった。まだ午前七時。しかし既に大気は十分に暖められ、涼しくなるどころか、室温より熱い風が本橋の全身を包み始めたので、軽く悪態をつきながら窓を閉め、窓際の壁に取り付けられたエアコンのスイッチをひねった。スイッチはリモコンですら無く、本体にコードでつながれたダイヤル式の年代ものだった。エアコンは、鈍い音を立てて起動した。フロンガスが規制される前の代物なので、冷却能力だけは今のエアコンに負けないと、この前来た修理業者が言っていた。一緒についてきた見習いの若い男が「こんな年代モン、まじありえないっすよ」と笑って殴られていた。




