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八月一四日③

 空調からの冷風で、大和田の開ききった汗腺がようやく平静を取り戻した頃、本橋が聴取書のタイピングを終えた。東原が大和田に聴取書の内容を読み聞かせ、署名押印してもらい、その日の聴取は終わった。

 本橋は、さきほどまで大和田が座っていた椅子に腰を下ろした。向かい側の席では東原が聴取書の内容を再確認していた。

「本橋はどう思った? 大和田さんの話」

「嘘は言っていなかったと思うけど」

「会社の社長になったりするなんて、そんなに安請け合いするものなの?」

「信じられないけど意外にある話だぜ。やっぱり社長っていう地位は、中身がどうであれ魅力あるステータスなんじゃないのか」

「でも、何かあったら責任を負うんでしょ?」

「そうだな。傀儡であっても登記上代表取締役となっている以上、法的な責任は逃れられない」

「そういう覚悟、あるのかしら」

「ないだろうね。なにか問題が起きたら自分は関与していなかった、と言えば責任を問われないと思っている人も多いさ。今日の大和田さんのように」

「じゃあ、あの人はまだ自分の立場分かっていないってこと?」

「かもね」

 東原は救いようがないという風にため息を付いた。本橋は椅子から立ち上がった。

「白岩からの聴取はどうするの?」

「したいところだけど、労災の調査上は、書類も揃っていて社長からも聴取したから、必要最小限の材料は揃ったってところね」

「そうか」

「でも、私は気に入らないわ。書類だけは揃っていて、いかにもお膳立てはできていますって感じなのに、戸籍の内容について遺族の娘さんに聞いても、随分前に蒸発した父のことなのでわかりません、雇用契約書のことを社長に聞いても、自分は名ばかりの社長なのでわかりません、いささか不自然なところがあるかも知れませんが、書類の内容を信じてもらうしかありません。おかしいでしょ?」

「そうだな」

「そうだな、じゃないでしょ。いったい私はどうしたらいいの?」

「どうしたらいいかわからないのに難癖つけているのかよ」

本橋は思わず笑った。

「何よ笑って、腹立たしい」

東原はムッとした表情で、斜めに座り直して足を組んだ。

「どこまで応じてもらえるかわからないけど、白岩ってやつに電話でもしてみたらどうだ?」

「そうよね。知らぬ存ぜぬ太郎がまたひとり増えるだけかもしれないけど……」

本橋の提案に、東原は頬杖をついて、ふて腐れた。

「じゃあ、お疲れさん」本橋は立ち上がると聴取室の扉を開けた。新宿駅南口で白岩が陣内と偶然再会した、という大和田の話を思い起こしながら。

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