八月一四日①
午後一時。杉並労働基準監督署第三聴取室。室内は冷房が効いていたが、屋外は真夏日の灼熱の太陽でアスファルトが焼かれていた。水色のワイシャツの肩と背中に濃い汗じみを作り、ハンカチで額の大粒の汗を拭う初老の男性、黒本組社長の大和田が、その厳しい屋外の有様を物語っていた。本橋の予想に反して、大和田は作業服ではなくワイシャツにスラックス姿で、日焼けもしていなかった。痩せ気味で白髪交じりの髪を整髪剤でオールバックにまとめている容姿は、生真面目な事務職を思い出させた。
「このたびは、ご迷惑をおかけしてすみません」
大和田は着席したまま、席に両手をついて頭を下げた。
「暑いところ、ご足労頂きまして」
東原が、麦茶を勧めると、「失礼します」と言って、大和田は一息に飲みほした。
「建設会社の社長さんだから、てっきり作業服でお見えになるのかと思っていました」
世間話のようにさりげなく、東原が会話を始めた。
「いやいや、私は全くの門外漢でして」
「といいますと?」
「私は、黒本組の事務所と資材置き場がある土地の地主なんですよ。私自身は、ずっと食品卸売会社の総務の仕事をしてまして。まあ、それも半年前に定年退職しましたが」
「どういう経緯で黒本組の社長さんになられたのですか?」
「黒本組は、その名のとおり黒本という人物が創業した会社だったんですが、一年前に借金を抱えたか何かで行方をくらましたんです。元々親父から継いだ林の中の二束三文の土地で使い道が殆ど無い上に、放置していった建設資材やら事務所の建物を廃棄するにもお金がかかるしで。おまけに、あそこには寮もあって作業員が十人位住んでたので立ち退きもさせなきゃいけないし」
「それは、お困りになったでしょうね」
「そこに白岩という人物がひょっこりやってきて、自分は黒本組の職人のまとめ役だ、あなたが黒本組の社長になってくれるのであれば、自分が責任をもって作業員を仕切る、そうすればあなたは土地の処分に悩むこともないし、地代も入ってくるからいいことずくめじゃないか、なんてうまいことを言い出したんです」
「あなたはその話に乗ったのですね」
「そうです。今考えれば安直だったのですが、何せあのときは家族からもあの土地のことでいろいろ文句を言われていたりして参ってしまっていたせいか、渡りに船に思えたんですな」
大和田は言葉を切ると、麦茶がわずか数滴しか残っていないグラスをあおった。
「しかし、失敗でした。最初のうちは地代が黒本組名義で支払われていたのですが、その後全く支払われなくなりました」
「どれ位滞納があるのですか」
「一ヶ月二十万円で六ヶ月分。百二十万円です」
「それは大変ですね」




