八月一三日②
来客応対を終えて自席に戻ると、東原からメールで今日陣内の娘――陣内範子――の聴取書のファイルが届いていた。自分は七歳のときに父に捨てられてから、ずっと連絡を取っていなかった、母親は自分が一五歳のときに交通事故で亡くなった。今は、山形の田舎の社会福祉施設でヘルパーとして働いている。ある日突然、黒本組の白岩さんという人から、私の父が建設現場で墜落して亡くなったとの連絡を受けた。私は最初、なんのことを言っているのか、なぜ白岩さんが私のことを知ったのか分からなかったが、とにかく勧められるまま上京した。労災保険の遺族補償が受給できるのなら、受給したい。そんな内容だった。
「淡々とした感じだったよ」
メールに東原のコメントが記されていた。黒本組の白岩という人物。長年音信不通だった親と子のことを、どうやって知ったのだろうか。本橋は受話器をとり、東原の席の内線番号を押した。
「東原です」
「本橋だ。調書読ませてもらったよ」
「彼女、香水がきつくて参ったわよ。きっと私にも臭い移っちゃってるから、しばらく近づかないようがいいわよ。現に、周りの席の人達がいつの間にかいなくなってるし」
「了解。彼女、黒本組の白岩という人物について、他に何かしゃべってた?」
「黒本組の作業員の世話役らしいんだけど、詳しいことはわからないって」
「彼女、どうやって自分のことを知ったのか、白岩に尋ねた様子だった?」
「そのことは聞いたわ。気味が悪いですよね、突然子供の頃に蒸発した父親の娘さんですよね、なんてアカの他人が訪ねてきたら、って。そうしたら、確かに気味が悪いと思ったけれど、とにかく父の訃報を知らされて気が動転していて、そういうことを気にする余裕がなかったって」
「動揺しているようだった?」
「それが全然。ハンカチを握りしめて涙ぐんでいたけれど、あれは演技ね。七歳のときに母親と自分を捨てて蒸発した父親の死を素直に悲しめるほど達観している人なんて、そうそういるはずないわ」
「女の涙は信用できないってか」
「それは、女のことを知らない男子の言い草よ」
東原は、無邪気に笑いながら皮肉った。
「明日、黒本組の社長から聞き取りするんだよな」
「そうよ」
「同席させてもらっていいか」
「いいわよ。午後一時から」
「了解」
東原の鋭い勘には、本橋も一目置いている。明日の聴取も東原一人でもそつなくこなすだろう。労災給付の調査を担当する厚生労働事務官としては。本橋には、労働基準監督官の立場から尋ねたいことがあった。被災者の陣内、その娘、白岩。この三人はどのような関係だったのか。




