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八月一〇日

 午後三時三〇分。臨検監督から戻ると机の上を見るとフォルダが置いてあった。その上には東原の字で「今日黒本組から提出された書類のコピーです」と書かれた黄色の付箋が貼られていた。フォルダの中には遺族補償一時金請求書と戸籍謄本が入っていた。「もう、請求書が出てきたのか」本橋は驚きを隠せなかった。昔は四九日を過ぎてからが通例だった。最近はそれを待たずに請求書が出てくることも珍しくなくなったが、流石に死亡の二日後は聞いたことがなかった。

 陣内の戸籍謄本を見た。最初の妻と結婚したのは陣内が二五歳のとき、その三年後娘の範子が生まれていた。出生年から範子は今三四歳だと分かった。そして、陣内は三五歳のときに最初の妻と離婚していた。範子が七歳のときだ。離婚の三ヶ月後に再婚。二度目の結婚生活も長続きしなかったようで、三年後に再度離婚していた。住所の異動を記録した戸籍の附票を見た。再婚のときの住所――山形市某所――が最後の記録だった。離婚後、住居を点々とし、東京都にやってきてホームレスになったのだろう。途中、内縁関係の女性がいた時期もあったかも知れないが、戸籍からは陣内の三八歳以降この世を去った六二歳までの人生の足取りを窺い知ることはできなかった。

 次にあったのは娘の範子の戸籍謄本だった。母は範子が一五歳のときに亡くなっていた。戸籍の附票では、その後別姓の個人宅とおぼしき住所に異動していた。親戚の家に引き取られたのかもしれない。婚姻歴はないが、娘が一人。現住所は、山形県某所となっていた。地名にあざまで付いていることから、おそらく田舎なのだろう。本橋は、端末に住所を打ち込んだ。地図サービスサイトに範子の住所の地図が表示された。航空写真に切り替えると、田畑の間を通る県道に沿って住宅が点在していた。範子の住所部分を拡大してみると、広い敷地に、朱色のトタン屋根の平屋が三棟ずつ三列、立ち並んでいる様子が覗えた。貸家なのだろうか。書類には番地までしか記載されていないので、どの建物なのかは分からなかった。

 本橋は受話器をとり、東原の内線番号を押した。しばらく呼び出し音が聞こえた後、東原の声がした。

「本橋だ。ファイルありがとう」

「どういたしまして。わざわざ持っていったのに、御礼は内線なのね」

「シャイなんでね。もう請求が出てきたんだな」

「驚きよね。なんでも、娘さんがこっちにいる間に、必要な調査を済ませて欲しいってことらしいの。おまけに私が担当。ありえないわ」

「そんな無理難題をこなせるのは東原しかいないって、課長もわかってるんだろう」

「買いかぶりすぎよ。全く」

「被災者、住民票ずっと移していなかったんだな」

「そうみたいね。娘さんも随分苦労したかもね」

「今後の調査の予定はどうなってるんだ」

「月曜日は被災者の娘さんから聴取、火曜日は黒本組の社長から聴取よ」

「慌ただしいな。聴取の結果を、また教えてくれ」

「わかったわ」

 いつもは、ひとつは悪態をつく東原がすんなりと応じた。余程切羽詰まっているのだろうと思った。

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