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八月八日⑱

「いやいや、あれは手すりと違って、寄りかかることを想定しているわけじゃなくて、万一墜落した時に、作業員が下まで落下せずに宙ぶらりになるようにするためのもので、一時しのぎの安全対策なんです。だから、本当は早めに手すりに切り替えてもらいたいくらいなんです。」

「なるほど……プロレスのロープとは違うんですね……」

桐生が一応合点した様子だったので、一堂はようやく足場から関係者が待つ八階に戻った。

「お疲れ様でした」

近藤が、いそいそと近寄ってきた。その近藤に対して時田は、矢継ぎ早に捲し立てた。

「向かい側のビル。もう、床の施工が終わった階は早めに親綱から手すりに切り替えてください。それと、親綱を両端の柱に渡してあるけど、あれじゃあ、距離がありすぎるんじゃないですか。柱間ごとに1本ずつ親綱を渡して下さい。」

突然の指摘に近藤は面食らったようだったが、直ぐに「わかりました。指示しておきます」と答え、「で、こちらの現場の施工の方は…」と本題に話を戻した。

「ウチとしては、止める理由はありませんが、労基さんは?」

桐生の言葉に時田は異存なしと頷いた。

「それでは、十分安全に気をつけながら、工事を再開させていただきます。」

一番欲しかった回答を得ることができた近藤は、満足気に一礼すると、現場監督に向かって「作業再開してよろしいそうだ」と声を張った。

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