八月八日⑰
結局現場の調査は、どこからともなく街中を漂ってきたチャイムの音が正午を告げるまで続いた。桐生は事故発生状況に合点がいかなかったらしく、何度も関係者に確認していた。本橋も、陣内が墜落したと思われると桐生が指摘した箇所を写真に収めながら丹念に見分したが、取り付けに不具合はなく、また何の痕跡も発見できなかった。もし陣内があの箇所から墜落したとすれば、高さ約八五センチの手すり枠を乗り越えたとしか考えられなかった。「そんなの自殺以外考えられないじゃないか……」本橋は、ネット越しに見える街並みを見ながら、そうつぶやいた。
「あれ?」
釈然としないまま調査が終わろうとしたそのとき、桐生がシート越しに見える街並みの一角を指差した。
「あれも、ここと同じ大希望建設が施工しているビルなんですね。」
桐生の視線を追うと、周囲の建物から突き出るように建設工事中の建物が見えた。
「あっちのビルは、こちらと違って、随分スカスカなんですね」
「工法が違いますからね。こっちは、鉄筋コンクリート造といって、一階ずつコンクリートを固めながら建てていく工法なんですが、あっちは、鉄骨造といって、最初に建物全体の骨組みを鉄骨で組み上げてから、床や壁を取り付けていく工法なんですよ。」
「こっちのような手すりがないですね。」
「最終的にはこっちと同じような足場で囲むんですが、骨組みを組む段階では、親綱というロープを腰高くらいで外周に張って、そのロープに安全帯を取り付けるというのが大半ですね。それにしても、あの親綱は弛み過ぎていてダメだな。なんだ、両端の柱に1本の親綱を取り付けているのか。あれじゃあダメだな。」
「あんなんじゃ、寄りかかったら、墜落しちゃいますね。」
桐生の指摘に時任が頭を振った。




