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八月三一日⑦

桜の無邪気な質問に二人は凍りついた。元々職業柄、正直に打ち明けても受けが良くないので自然と仕事の話を敬遠する習慣がある上に、今は架空の人物設定のせいで全く知識がないITの話をしなければならないからだ。

「警察……関係のシステムを今は作っているかな」

桐生がぎこちなく答えた。ちゃっかり自分の本職との接点を作りやがったと、本橋は桐生をこっそり睨んだ。

「まあ、だから守秘義務があってあまり詳しい話はできないんだよ」

視界の端で本橋の視線を感じたのか、桐生が話をはぐらかした。

「何か、桜さんと一緒に飲み物を頼んでもよろしいかしら?」

香織が本橋の目をじっと見つめ、甘い声でねだった。

「勿論」

本橋の了解を得ると、香織は腕を少し上げてライターを二回点けた。すると黒服が音もなくやってきて、片膝をついた。

「桜さん、お客様が飲み物をご馳走してくれるそうよ」香織は桜にそう微笑んだ。「私はジンライムを頂きますわ」

「じゃあ私はマルガリータを頂きます」桜は媚びるように両手を桐生の腕に巻きつけた。

 加茂はどこにいるのか。本橋は周囲を見回したが、ソファーの背もたれが高く何も見えなかった。

「どうかしました?」

香織が不思議そうな目で覗き込んだ。

「いや、ちょっと電話をかけたくてね。手洗いどこかな」

「ご案内しますわ」

香織が立ち上がり、本橋を先導した。店の奥のドアに向かうまでの間、本橋はさりげなく加茂の姿を探した。半円形のソファーは間隔を置いて配置されている上に、客同士の視線が合わないようにうまく角度を変えて配置されていた。ソファーの背もたれからわずかに覗く頭頂部から二席に客がいることが分かった。そのうち一席からは四人の女の頭頂部に囲まれて、さっき見たばかりの禿げ頭が左右に揺れていた。あそこにいるのが加茂だろう。一人で四人のホステスを侍らせるとは豪勢なものだ。本橋は、さりげなく桐生の方を振り向いた。桐生はグラスを手に取りながら、小さく頷いた。本橋が視線を前に戻そうとした時、一瞬視界の端に視線を感じた。その方向に目だけ向けると、頭をオールバックに固め口ひげを生やした鋭い目つきをした男が見えた。その男が本橋を注視していたのか、それともたまたま視線を向けただけなのか判断できないまま本橋は前を行く香織のうなじに視線を戻した。

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