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八月三一日①

 午前九時三〇分。斎城と本橋は大希望建設の本社前に立った。関東近辺でしか展開していない地場ゼネコンだったが、本社ビルはガラス張りの一五階建と堂々たるものだった。ロビーは二階部分まで吹き抜けになっており、自然木を多用した無駄に凝った意匠が建設会社らしかった。靴音を響かせながら大理石張りの床を進み、ロビー中央に配置された受付カウンターに向かった。

「いらっしゃいませ」

大希望建設の社章とロゴが掲げられたボードを背負い、受付係の女性が丁寧にお辞儀をした。斎城が労働基準監督官証票を提示した。

「杉並労働基準監督署です。事前に連絡は差し上げておりませんが、労務管理状況の立入調査に参りました。責任者の方をお願いいたします」

女性は、予期せぬ来訪者に少し驚いた様子であったが、「かしこまりました」と一礼すると受話器を取り上げ、ボタンを押した。そして小声で二、三言葉を交わすと、受話器を置いた。

「お待たせいたしました。担当者が参りますので、あちらでお待ち下さい」

斎城と本橋は一礼すると、カウンター付近に置かれたソファーに腰を下ろした。

「今日は私がメインで対応するから、本橋さんは本題の方よろしくね」

「わかりました」

ロビーの奥にあるエレベーターホールから、作業服を着た男が小走りでやってきた。

「どうもどうも。安全環境部の近藤と申します」

近藤は、愛想よく挨拶すると斎城に名刺を差し出した。

「杉並監督署の斎城です」

斎城との名刺交換を終えた近藤は、本橋を見て大げさに驚いたように声をあげた。

「これはこれは。この間の弊社の現場での事故の調査に来ていただいた方ですね。その節はお暑いところご迷惑をおかけしまして申し訳ございませんでした」

「本橋と言います。改めて、よろしくお願いします」

近藤は斎城の方に向き直った。

「ところで、本日はどのようなご用で」

「今日は労務管理の立入調査で参りました。近藤さんが担当している安全衛生についてもお話を伺いますが、労働条件の方も確認しますので、責任者の方をお願いしますわ」

斎城と近藤は、上背は百六十センチ程度と同じ位だったが、存在感は斎城の方が圧倒していた。建設会社にとっては監督署との接点の殆どは安全管理なので、今回も近藤が指名されたのだろう。近藤もいつものように受け答えすれば良いと高を括って出てきたところ、労働条件についても調査すると通告され、面倒なことになったと思ったに違いない。近藤の顔が一瞬曇ったが、すぐに仮面を被り直し、「わかりました。会議室をご用意しましたので、どうぞこちらへ」と二人をエレベーターホールへ案内した。

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