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八月八日⑩
名前を呼ばれた本橋は、上司である第三方面主任監督官の斎城のところへ行った。斎城は外見どおり安定感のある穏やかな口調で本橋に尋ねた。
「本橋さん、今日の予定は?」
「九時から申告、一〇時から是正報告、一一時から相談受付で、午後から臨検監督する予定です」
「申告はどこ?」
「木田サービスです」
「それがファイル?」
本橋から受け取ったファイルを一瞥した斎城は、「午前中の予定は私が引き受けるわ。午後の監督はもちろん相手に予告してないわよね」
「してません」
臨検監督は、予告なく抜き打ちで実施することになっている。労働基準監督制度の源泉であるILO(国際労働機関)の規定でそう定められているのだ。
「じゃあ、暑いところ大変だけどよろしくね。熱中症に気をつけてね」
「判りました」と答え、本橋は作業着に着替えるため更衣室へ向かった。




