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八月二九日⑤

 午後八時になって、喜多畠商事の事務所の電気が消えたのを確認すると、おそらく夜の動きはないだろうと踏んだ桐生と本橋は、ビデオカメラだけ作動させ撤収した。

 二人は神田駅前のダイニングバーで生ビールを一気に飲み干すと、ソーセージをあっという間に平らげた。

「生き返るな」

桐生は満足そうに舌なめずりし、ジョッキをウエイトレスに向かって上げた。「同じの二つ」

「刑事も大変だな。蒸し風呂みたいな部屋でじっとしてなきゃいけないなんて」

本橋も桐生に続くようにジョッキを空にし、ウエイトレスに渡した。

「そうだろ? ドラマなんかだと牛乳とパン買ってくると、タイミングよく対象が出てくるじゃないか。あんな都合いいことまずないよ」

冷えたビールで満たされたジョッキが二つ心地よい音を立ててテーブルに置かれた。桐生は間髪入れずにジョッキを手に取ると、喉を鳴らしながらビールを飲み、大きく息を吐いた。

「しかし長滝鉄筋が絡んでくるとはな。あの男は誰なんだろう」

桐生の問いに、本橋はソーセージに粒マスタードを塗りつけながら少し考えた。

「分からないな。金がらみだとすれば、社長か経理の責任者辺りかな。次はどうするんだ」

「当たれるところから始めようか。まずは社長の自宅を張って、今日来た男が長滝鉄筋の社長かどうか確かめてみよう。有限会社を名乗っているのに、運転手付きの社用車持っているなんて意外だな」

「零細企業じゃあ、有限会社か株式会社で会社の経営規模は推し量れないさ。株式会社化しないで、敢えて有限会社を名乗っている辺り、意外と堅実というか、したたかなのかもな」

「うちの実家は、名実ともに有限会社の零細工場でさ」桐生は、鳥の串焼きをフォークでつつきながら打ち明けた。「毎月毎月資金繰りに追われて、なんでこんな苦労してまで工場経営してるのかなって、ずっと思っていたよ」

「もう潰れたのか?」

本橋は、ジャーマンポテトをビールで流し込んだ。

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