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八月二八日⑥

 自席に戻ると、午後五時一五分になっていた。本橋は、斎城に告発状が受理されたことを報告した。斎城は「お疲れ様」と労うと、机の引き出しからシリアルバーを取り出して本橋の方に差し出した。

「いつも言っているけど、食事はきちんと摂らないとダメよ」

「すみません。ご馳走になります」

そのシリアルバーは、本橋が食事を抜いたときに決まって斎城から手渡されるものだった。その都度、今度こそ自分で食料を備蓄しておこうと思うのだが、結局忘れてしまい、同じバツの悪さを味わう。本橋はすぐにパッケージを破りシリアルバーを咥えながら、休憩室に向かうと、「今日は残業せずに帰って寝よう」と心に誓いながら自販機でエナジードリンクを買った。プルタブを開けようとすると、背後から篠原の声がした。

「本橋先輩、署長がお呼びです」


 やれやれだ。

 本橋は、重い足取りで署長室へ向かった。終業後に署長に呼び出されるなんて、ロクでもないことに決まってる。おまけに今日はもうスタミナ切れだ。それでも本橋は、署長室の前で背筋を伸ばすと、署長室のドアをノックした。

「入りたまえ」

ドアを開けると、デスクの前のソファーに署長、副署長、斎城が座っていた。

「帰宅前にすまんな」

上座の一人掛けソファーに体を沈めた署長が、本橋をねぎらった。本橋は、勧められるがままに斎城の隣に腰を下ろした。

「実はな、前代未聞なのだが、本橋君には捜査協力のために警視庁へ短期派遣してもらうことになった」

予想だにしなかった話に本橋の思考は一瞬停止したが、「そんなこと釣れないこと言うなよ。一緒にがんばろうぜ」という桐生の言葉が脳裏に蘇った。

「今日、君が出してきた告発状の事件らしい。私も最初は耳を疑ったがな。本省に行った冴島君から、外の水に触れるいい機会だから、是非本橋君を派遣してやってくれと直々に電話が来たよ」署長は珍しく愉快そうに笑った。「斎城主任も了解してくれるな」

 署長の言葉に、斎城は「勿論です」と頭を下げた。何故か副署長だけが面白くなさそうな顔で押し黙っていた。


 署長室を辞すると、本橋のスマートフォンが鳴った。桐生からだ。

「俺だ。うちへの派遣の件、通達されたか?」

「たった今な。きちんと事前に打診があっても良さそうなもんだけどな」

「悪いな。今日うちの課長にお前の話をしたら、えらく気に入ったようで。ダメ元で本部通じて東京労働局に要請してみたってわけだ。こんなことになるとはオレも予想していなかった」

「拳銃は明日貸してもらえるのか?」

「残念だけど、拳銃は無しだ」

本橋は、温くなったエナジードリンクのプルタブを開けた。

「とにかく今日は、もう死にそうだ。お前は元気そうだが、押収したヤクでも極めたのか?」

「そんな訳ないだろ」桐生は笑った。「さっき警察病院で点滴入れてもらったけどな。今日は寝ておけよ。明日から一緒に徹夜生活だからな」

「勘弁してくれよ」

本橋は電話を切った。椅子の上に掛けてあった上着を手に取ると、「お疲れ」と挨拶をして職場を去った。多分今日は、ネクタイを緩める間もなくベッドの上に寝転がって気を失うかのように深い眠りにつくのだろう。そんなことを想像しながら、帰路に着いた。

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