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8.「教育しなくちゃな」

「あっちだー! 追えー!」

「あー! どこいったッスかー!?」

「二人とも……待って……」


 大声をあげて森の中を駆けていく小さな獣人たちを見て、俺は溜め息をつく。

 彼女たちは今、野うさぎを追って狩りをしているのであったが……。


「うーん、見失っちゃったかー!」

「あっ、あれリンゴじゃないッスか!?」

「本当だ……。取って帰ろう……」


 アラクネの少女が木になっていたリンゴを見つけ、それを聞いたケンタウロスの少女とラミアの少女が進行方向を変えた。

 なんて自由なんだ……。


「……お前ら、いつもこんな感じなの?」


 三人の後をのんびり着いてきていた俺に、彼女たちは元気よく答える。


「おう? そうだぞー!」

「ふふふ、神様も我々の仕事ぶりに圧倒されているみたいッスね」


 アラクネの少女はそう言いながら胸を張った。

 俺はその言葉に思わず苦笑を返す。


「……ハハハ。まあある意味、圧倒されてはいる」


 三人とも効率という言葉には、無縁そうな人材だった。


「さて、どうしたもんかな……」


 俺はそう言って三人に視線を移す。


 彼女たち三人の外見は、人間でいえば十二から十四歳程度の少女だ。

 一人はケンタウロスの少女。

 外見から名付けられたのか名前はブチといい、下半身が白黒まだら模様の四足の馬となっている。

 もう一人がアラクネの少女。

 マリノハと名乗る彼女の顔には複眼がついており、脇腹からは蜘蛛のような腕が四本生えている。そんな半人半蜘蛛(蜘蛛)のモンスターだった。

 そして最後の一人が下半身が蛇であるラミアの少女、ナナナ。

 瞳孔が縦に割れた彼女は今、リンゴのなっている木の幹に巻き付いていた。

 彼女たち三人は狩猟をするため、それぞれお手製の木槍を手に持て森へとやってきていたのだった。


「……こうもそれぞれの外見が特徴的だと、覚えやすくて良いな」


 俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手なんだ。

 そのせいでギルドにいた頃は失礼だなんだと嫌われていたが。

 そんな俺の独り言に、俺の横で地面の土をいじくり回していたメカコが口を開く。


「おやおや、もしや今の言葉はさりげなくメカコを褒めたのではありませんか? 照れますね」

「全然違うからお前はそこらで遊んでなさい」

「ちぇー。わかりました、見ていてください。今にメカコは最高の食材を提供してみせましょう。それにあたっては、まずこの穴こそが怪しさ満点」


 メカコはそう言いながら木の棒をアリの巣につっこんでいた。

 ……こいつにはいろいろと教えてやらなきゃいけないことがあるが、それはさておき。


「お前らもっとこう、協調性だとか知恵を使った狩りだとかをな……」


 俺の言葉にアラクネのマリノハは頭上を指差した。


「うちらの友情は本物ッスよ! ほら、今も!」


 そう言って彼女はリンゴの木を見上げる。

 そこでは登ったラミアのナナナがリンゴを落としていた。

 それをケンタウロスのブチが背中にくくりつけられたカゴで受け取る。


「これが協調性ッスね!」


 瞳を輝かせるマリノハに、俺は曖昧な笑みを返す。


「それはたしかにそうなんだが……お前たちの今日の仕事、狩りだよな」


 採集班はこの終了班の他に別にもう一チーム存在する。

 在庫管理と調理、狩り、採集、そして冬用の長期保存加工。

 リリアの仕事を整理しようとまずは村で採れる食料の管理について分担してみたのだが、思っていたより問題は山積みのようだった。

 俺は頭を掻きながら、言葉を続ける。


「たしかに木の実も食料になるが、採集班は採集班で範囲を決めて取ってるわけだ。お前たちが好き勝手に採っても二度手間になるわけで――」

「――あっ、ドングリ! 拾ってこう拾ってこう」


 話を遮って、ブチは足元に落ちるどんぐりを広い背中のカゴに投入する。

 俺は思わず、溜め息をついた。


「……だからうさぎとかも狩って欲しいなぁ、っておじさん思います」


 駄目元で言う俺に、木から降りてきたナナナが申し訳なさそうな顔でこちらを見つめた。


「あの……その……ごめんなさい」


 彼女は上半身を起こして、顔の前で手を組む。


「わたしたち、動物捕まえるの苦手だから……」


 彼女はぷるぷる震えながらそう言った。

 ……たしかにこの村は『弱い魔物が集まった』と言うだけあって、そもそも素早く動くのが苦手なモンスターも多いようだ。

 つまりこう見えて、このモンスター三人娘は村における狩りの戦力として優秀な人材なのであった。

 ラミアの少女ナナナは、蛇の下半身で不安げにとぐろを巻く。


「だから神様、食べないで……」

「お前らのことは食べないって。俺は生贄を求めるような神様にはならないし、そもそも俺は……いや、まあいいか」


 ナナナはその顔に笑顔を見せた。

 ……俺が人間であろうが神様であろうが、些細なことだ。

 ある程度のメカコの研究が終わるまで俺が楽をしてこの村で暮らすことができれば、それでいいんだ。

 お互い利益のある仕事(ビジネス)の関係と言える。


「それにしても……」


 俺は村を出る前に、リリアから聞いた話を思い出す。

 彼女の話によれば、この狩猟三人組は毎日のように動物を捕まえては村に食肉をもたらしてくれたと聞いていたのだが……。


「あっ! あったー!」


 その声をあげたのはドングリを拾っていたブチだ。

 彼女は見つけたそれを手に持って、こちらへと見せつける。


「リスだぞー!」

「……は?」


 彼女が掲げたのは、手足をロープで縛られたシマリスの姿だった。


「……え? それ、お前が捕まえたの?」

「うん! そうだぞ! ここに縛られてた! ラッキー!」

「いやいやいや」


 それはお前が捕まえた、とは言わないだろう。

 そう心の中でツッコミを入れつつ、俺は彼女が見つけたという足元の木陰に目をやる。

 するとそこには、木の棒とロープにより罠が仕掛けられた痕跡があった。

 ケンタウロスの少女は胸を張って自画自賛する。


「ふふふ。やっぱりブチさん、狩り名人だなー」

「すごいッス! 負けてられないッスよー!」


 そう言ってはしゃぐ三人の様子を見て、俺はなんとも釈然としない気持ちを抱えた。

 たまたま罠が仕掛けられていたというわけじゃあなさそうだ。

 いったい誰が……?

 俺が抱いたその疑問は、すぐに解決した。


「あれ、おじさん今日は三人の引率ですか?」


 その声に振り返ると、そこには背中に弓矢、腰元に木剣を差した少女の姿があった。


「……クルム」


 それは最初にこの森へ入った際、俺を師匠の家に案内してくれた少女クルムだ。

 彼女の手には気を失ったうさぎが握られている。


「あー、クルムー!」

「こんにちはッス!」


 ブチとマリノハの言葉に、クルムはうさぎを差し出しつつ笑った。


「これ、持ってく?」


 彼女の言葉にケンタウロスのブチは、尻尾を振って笑顔を浮かべる。


「わー、いいのかー!?」

「ボクはべつの獲物をまた捕まえるから、大丈夫」


 クルムはそう言って既に気絶しているうさぎをブチに手渡す。

 そして手を振ると、すぐにそのまま森の奥へと歩いていった。

 その後ろ姿を見送った俺は、三人娘の方を見て口を開く。


「……もしかして、お前らいつもクルム(あいつ)に獲物を譲ってもらってるのか?」


 俺の言葉に、ブチは首を傾げ、マリノハは大きく頷き、ナナナは目を伏せた。


「ん?」「そうッス!」「はい……」


 俺はそんな三人の様子に、思わず溜め息を漏らすのだった。



 ☆



「ああ……なるほど、通りで」


 俺は狩りを終えた後、リリアの家で夕飯をご馳走になっていた。

 今日の晩飯はアク抜きして砕いたドングリとウサギ肉の、ミートパイもどきだ。

 ちなみにメカコは今、残ったドングリをぷちぷちと手元で粉砕していた。

 たまに中から虫が出てきてびびっている。


「あの子たち、狩りでは優秀なんだなーと思ってたんですけ……そんなことになってたんですね。知りませんでした」


 申し訳なさそうに項垂れるリリアに、俺は首を横に振った。


「しょうがないさ。お前さんは忙しかったんだし、結果も出てたんだから気がつかないのも無理はない」


 問題があるとすれば。


「ただあのやり方じゃ効率は出ないのと、チビどもが育たないことは問題だ」


 いちいちクルムが獲物を置いていくのも非効率だし、あのままだといつまで経っても三人が一人で狩りをできるようにはならない。


「それにしても、なんであんなまどろこっしいことを……」


 俺の言葉に、リリアは目を伏せた。


「クルムは……気を遣っているのかもしれません」


 リリアはぽつぽつと話をしだす。


「あの子は、ハーフゴブリンなんです。ゴブリンたちの中で、生まれながらの迫害にあって生きてきました」

「……混血(ハーフ)か。なるほどね」


 混血(ハーフ)

 人と魔族の間では、子供ができにくい。

 それゆえか、両者の間に子供ができると双方から忌み嫌われてきた。

 ハーフゴブリンなんかはその典型で、ゴブリンの容姿は人間から見れば醜悪なことが多い。

 ただそれはあちらさんからも同じなようで、両者の特徴を持つハーフは、どちらからも除け者にされてしまっていた。

 クルムは見たところ人間の血が色濃く出ているようなので、ゴブリンの中で暮らすのはさぞ辛かったことだろう。

 リリアは重く息を吐く。


「だから彼女は遠慮をして、わたしたち魔族と距離を置こうとしているのかもしれません。……どうにかしてあげたいんですれど、わたしも手が回っていなくて」


 沈んだ顔を見せる彼女に、俺は腕を組んだ。


「……まああいつの気持ちがどうあれ、チビどもには一人で狩りができるようにはなってもらわないと困るな」


 もしものことを考えるなら、クルム一人に任せているわけにはいかない。


「クルムが倒れちまったら、この村では二度と肉が食えなくなるぞ」


 一人に仕事が集中している状況というのは、そういう意味で問題があった。

 思わず、魔術師ギルドにいたときのことを思い出してしまう。

 ……あの頃は、見習いの教育をさせられたもんだ。

 魔術師ギルドでは、まだ専門が決まってない新人に魔術師としての心得を教え込む制度がある。ギルドの門を叩いた素人に、魔術の系統なんかの基礎を叩き込む仕事だ。

 それには浅く広い知識が必要となるので、俺みたいなヤツには向いていた。

 ……それを頻繁に請け負っていたせいで研究に本腰を入れられなかったのもあるんだが、教育係というのは賃金が良い。

 マータル大先生の弟子という肩書きを大いに使って、俺は研究費を捻出していた。

 あのときはありがとう、師匠。

 心の中で今は亡き師匠に感謝を捧げつつ、俺はテーブルに頬杖を着く。


「……教育しなくちゃな」


 俺はそう言いながら、ガチガチのミートパイを口の中に入れる。

 アクの抜けきっていないドングリの風味と、焼きあがった肉の臭みが、絶妙な不味さを演出していた。

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