7.「おっさんに任せとけ」
「そもそも、だ。お前はもういっぱいいっぱいなんだよ」
夜の静けさが支配する中、俺はリリアに向かって言葉を続ける。
「上に立ったことなんてない。それでも村のやつらからは慕われて頼りにされるし、仕事を割り振らなきゃいけない。自分の仕事だって変わらずあるのに、体は一つしかない……」
既に彼女ができる仕事の量としては限界だ。
「だから俺に『神様として導いて』欲しかったんだ」
「……そういう、わけでは」
彼女は歯切れ悪そうにそう言って視線をそらす。
――そう。俺の感じていた村の違和感の正体は、これだ。
俺はその糸口を掴んだことを感じながら、まっすぐに彼女を見つめた。
「指示が欲しかったとか道を示して欲しいだとか……そんなんじゃないだろう。『神様が言ったから』『神様のためだから』……何かあったとしても『神様の言う事を聞いたせい』という大義名分ができる」
「……そんなことは……」
「失敗しても、村が滅んでも、自分が悪いわけじゃない。みんなのことを裏切ったわけじゃない。……村のみんなに言い訳することができる」
「……違います」
「だから俺を神様に祭り上げる必要があった。絶対的な権力を持って、それと同時に責任を被って貰う存在を必要としていた」
「わたしは、そんなつもりじゃ……!」
「お前が欲しかったのは、神様でもなければ道を示してくれる先達でもない」
俺は視線をそらさずに、言葉を続けた。
「……自身の罪を代わりに被ってくれる生贄が欲しかったんだ」
「――違う!」
リリアは立ち上がる。
その可愛らしい顔立ちは、今はまるで痛みに耐えるかのように歪んでいた。
「わたしは……わたしはそんなつもりじゃなかった……! みんなに神様という希望を示したかっただけです……!」
彼女の声は震えている。
「元々、予知夢の話だってそうだったんです。わたしだって自分の力を信じてるわけじゃない。でも逃げ出そうっていう話はいつの間にか進んでいて、わたしはそれを止められなくって――」
その瞳から、涙がこぼれた。
「明日を暮らせるかもわからない、いつ追手が襲ってくるかもわからない……そんな逃亡生活に、みんなを追いやってしまった」
彼女はその顔を両手で覆った。
「わたしが夢の内容を漏らさなければ、そもそもわたしがいなければこんなことには――!」
彼女は全身を震わせつつ、そう言った。
……ちょっと、意地悪を言い過ぎたかもしれない。
しかしこれで、やたらと俺を神様扱いしようとする彼女の気持ちを、ようやく理解できた気がする。
つまり彼女は不安だったのだ。
先も見えない暮らしと、村人たちを扇動してしまったという負い目。
それが責任感となって彼女にのしかかっている。
……だけどなぁ。
「お前まだ十八なんだろ? その歳で考え過ぎだよ」
俺が同じ歳の頃なんて、もっとバカやってた。
明日のことなんて考えず、向こう見ずに楽しいことを夢見て突き進む。
それが若いやつの特権ってやつだ。
だから何か重荷を背負ってるヤツを見ると、少し世話を焼きたくなる。
ただのおせっかいだとわかっていても……俺は、彼女に何かしてやりたい。
俺は溜め息混じりに頭を掻いた。
「――俺は全知全能の神様じゃない」
知らないことは手伝えない。
だけど、それを知ったあとなら手伝える。
「でもお前が気にしてるそんなどうでもいい”責任”ぐらいなら、全部俺が肩代わりしてやる」
俺の言葉にリリアは顔をあげた。
「俺に任せろ。――そういう面倒くさいことは、みんなおっさんに任せとけ」
俺がそう言うと、彼女の頬にまたしてもポロポロと涙が流れた。
☆
「はい注目」
朝日眩しい村の中央広場。
俺の声に気付き、村の住人たる魔物たちは次々と集まって来てくれた。
全部ではないだろうが、それでも十数人――人と数えるかどうかはわからない――が集まって来てくれている。
「というわけで本日から神様になったジルです。よろしく」
リリアとメカコを左右に置いて言う俺に、彼らは喜びの声をあげた。
といってもそれは五割ぐらいで、残りの五割は困惑したような様子だったり、関心なさげな視線をこちらへと向けている。
……いやしかし、こんな適当な挨拶を五割も喜んでくれるものなのか。
それだけリリアが慕われているのか、それとも彼らもやはり不安で、何かしらの心の支えが欲しかったのか。
――こんなおっさんでもいいのかね。
俺はそんなことを思いながら、村のみんなを見回した。
「……突然だが、みんなには今日から俺の言うことに従ってもらう」
そんな俺の言葉に、村の者たちはざわつき始める。
……まあ、そうなるわな。
「みんなは、腹が減ってないか?」
俺の言葉にそのざわつきが止まる。
視線が俺に集中するのを感じた。
「毎日、腹いっぱい食えてるか? 来年、再来年とこの村で元気に暮らしている姿が想像できるか?」
俺の言葉に、周囲を取り囲む彼らは口を閉ざした。
彼らは黙って俺の方を見つめている。
「俺なら、それができる」
俺の言葉にまたも村の者たちは顔を見合わせた。
半馬人の少女が首を傾げると、それと目が合った三頭身ほどの|犬妖精《コボルドもまた舌を出しながら首を傾げる。
俺は彼らの様子を確認してから口を開いた。
「二倍……いや、三倍の飯が食えることを約束しよう」
聴衆からは「おー」「神様ー」といった賞賛の声から、「本当かな」「どうやって?」といった不信感が混じった声までいろいろな声が聞こえてくる。
……まあ想定通りだ。
俺は言葉を続ける。
「――ただし成果が出るには一年はかかる。その間は少しばかり苦労をかけるかもしれないが、それでも一年だけで終わる」
俺はきっぱりと言い切る。
「命に関わるようなことはさせないし、怪我や病気にもならないよう細心の注意を払おう。……だから、俺に着いてきてくれないか」
俺が自信満々にそう言うと、村の者たちからはまばらに拍手や歓声が上がった。
俺はそのタイミングでの賛同者の姿を頭の中に刻みつける。
おそらく彼らは村の中でも、比較的簡単に協力してくれる者たちだろう。
――忘れないようにしないとな。あとで頼み事をするかもしれない。
そんな俺の様子を見て、不安そうな表情を浮かべたリリアが小声で話しかけてきた。
「あ、あ、あの! 大丈夫なんですか、こんなこと言って……!」
「ああ? 大丈夫だろ」
俺も村のみんなには聞こえないよう、彼女に小声で返す。
「見たところ大した技術も知識もなく暮らしてるみたいだし、しっかり指示を出して効率的に働けば村の生産量はもっと増える。一年もあるんだ、何らかの成果は出せるさ。――それに」
俺は目を細める。
「どっちにしろ、俺の言葉にお前が責任を感じることなんてない。俺が勝手に約束したことだし、お前とは無関係なことだ」
俺は村のモンスターたちに視線を移す。
「それに詳しくは知らないが、そもそもあいつらだってお前が強制して連れてきたわけじゃないんだろう? 自分たちの意思で逃げ出して来たんだから、その責任ぐらい自分たちで取ってもらえ」
「……でも」
なおも口ごもるリリアに、俺は口の端を持ち上げて笑った。
「お前はもっと、不真面目でいいんだよ。俺を見習え、俺を」
俺なんてこの歳になってもテキトーに生きまくっている。
……まあ、そのツケがまわってきて、ギルドを追い出されたわけだが。
もうちょっとマジメに魔術師ギルドの査定を気にしておけばよかったかなぁ……。
俺は過ぎたことを思い返しながら、リリアの耳元に小声で囁く。
「……まあ、もしダメだったらケツまくって逃げちまえばいいんだよ」
「ええ……!? ダメですよ、そんなの!」
俺は村民たちに再び視線を向けつつ、リリアへと言葉を続けた。
「なら、俺に協力してくれ。成功させれば問題ない。それに見てみろよ、みんなの顔」
俺の言葉にリリアは顔を上げる。
少なくとも俺の目には、村の住人たちのその顔は喜んでいるように見えた。
今の彼らは活気に満ち溢れている。
そんな周囲の様子を観察していたメカコが口を開いた。
「メカコのデータベースには、人々をハッピーにするのが神様の仕事であると記録されています」
それは昨日、メカコが言っていた言葉だ。
「たとえ嘘でも詐欺師でも、人々をハッピーにできるなら神様としては及第点なのでしょう。よって御主人様は、神様としての仕事を何とかこなせたようですね。従者であるメカコも鼻が高いです。よくやった」
「なんでお前が上から目線なんだよ」
俺たちのやりとりを聞いて、ようやくリリアはその顔に笑みを取り戻す。
彼女は俺たちと同じく村のみんなの様子に視線を移しながら、遠くを見つめた。
「……わたしたちはこれからも、みんな一緒に暮らしていけるんでしょうか」
彼女の言葉に俺は肩をすくめた。
「さあな。俺は神様じゃないから、この村の行く末なんてわからない。だけど――」
俺は彼女に向けて、小さく言った。
「――本当に失敗したら、そのときはメカコとお前を連れて、どこかに逃げよう」
そんな俺の言葉に、彼女は少し迷ってから小さく笑う。
「……ありがとうございます。そんなことにならないよう頑張りますね、神様」
俺は溜め息混じりに、彼女に向けて苦笑した。
「神様は、やめてくれ」
そうして俺は村の住民たちを解散させる。
どうやら少しは村のみんなの賛同を受けつつ、俺は無事に神様に就任することができたようだった。




