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6.「名付けて薪割りダイナミック」

「おや御主人様、ようやく完成ですか。それにしてもなんと見目(みめ)(うるわ)しゅうオブジェでしょう。しかし残念ながら、メカコには芸術は理解できません。だってゴーレムだから。メカコはとても悲しいのです」

「感傷に浸ってもらっているところ悪いが、これは前衛芸術じゃない」


 俺はリリアの仕事振りを観察した翌日、師匠の工房から持ち出した廃材で、彼女の家の庭に一つの箱を作っていた。

 それは鋼材の部分へとルーンを刻み、それぞれが魔力溝で繋がるよう機工魔術の加工を施している魔道具だ。

 メカコは俺の言葉に改めてその魔道具を眺めながら、片眉をあげた。


「ははーん。これは……棺桶(かんおけ)

「違う。お前は人間が丸まって棺桶に入るとでも思ってるのか」


 そもそも人が入れるほど、その内部は空洞にはなっていない。

 俺たちの横では、リリアが眉をひそめてそれを見つめていた。


「ええっと……鳥小屋……?」

「いや、お前も無理に答えなくていいから。べつにクイズじゃない」


 それはメカコが落として壊した万力(ジャッキ)のような拷問器具と棚や廃材を組み合わせ、ルーンを刻んだ機工魔具(メカニカルマギ)だ。


「名付けて……薪割りダイナミック」

「うわぁ」

「……いや、ちょっと待って今の命名は無し。ノーカン、ノーカン」


 メカコの反応に俺は慌てて否定するが、メカコは哀れみのような視線をこちらに向けた。


「御主人様のネーミングセンスがどうあれ、メカコは気にしませんとも。ただし、御主人様に名付けられる前に自ら名乗っておいて良かったなぁ、とは幸せを噛みしめているところです」

「はいはいごめんね! ネーミングセンスがおっさんで!」

「わ、わたしは素敵だと思います……! 薪割り……ダイナミック……」

「無理に褒めなくていいから!」


 そんなリリアのフォローを受けながら、俺はその箱のフタを開いた。。

 何はともあれ、これは昨日の晩に睡眠時間を削って、あれこれ設計しつつ作った意欲作だ。

 さまざまな魔術師ギルドのしがらみがあって実機を制作するのは機工剣以来であるが、このぐらいの魔道具なら日曜大工感覚で作れる。

 あとは実際に動かすのみ。


「この魔道具に薪を入れて起動すれば、力を入れずに薪が割れるって寸法さ」


 メカコは俺の言葉に、人間より少し小さなその箱を突付く。


「……メカコが薪割りをすれば不要なのでは?」

「お前がずっと付きっきりってわけにはいかないだろう。お前は解析を進めなきゃいけないし」

「そうは言いますが御主人様。まだほとんどメカコの解析とやらを進めていないように思いますが、本当に研究する気があるんですか?」

「あるある。だけどその前に、この村に世話になる下準備はしておきたいんだ」


 研究している最中に餓死するわけにはいかない。

 その為には、村にはそこそこ裕福になってもらわなきゃいけないんだ。

 俺の言葉に納得したのか、メカコはその魔道具にそっと手を当てた。


「なるほど、そのための魔道具。……つまりこれは、メカコの弟分になるわけですね」


 メカコはビシリ、と人差し指をその魔道具へと突きつける。


「よし、ダイナ。先に言っておけば、メカコはお前のことを甘やかしたりはしませんよ」


 メカコはそう言ってポンポン、とその箱を叩く。

 どうやら名前が決まったらしい。

 薪割り機(ダイナ)に意思はないが、メカコには仲良くしてやって欲しいものだ。

 俺は大きめの生木を箱の中に置いて、フタを閉じた。


「まずはこの箱の中に木をセットする」


 そして箱の横に付いている鉄部品に刻まれたルーンを、指先でなぞった。


「あとはこの起動ルーンに手を触れて――魔導式起動(ブート・オン)


 刻まれたルーンが淡い緑色に光る。

 そして同時に、ギチギチギチッと箱の中から音が聞こえてきた。


「こうすることで、力を使わずに押し切ることができる」


 ルーンの光が収まったところで、箱のフタを開く。

 すると中には中央から真っ二つに割れた薪の姿があった。

 それを見たリリアが、ぱちぱちぱちと手を叩く。


「すごいです、神様。これなら力の弱いわたしたちでも楽に薪割りができそうです」


 鋼の突起に木を押し付けることで、真ん中から割る薪割り機だ。

 単純な構造ではあるが、これなら老人でも薪を割ることができる。

 リリアの言葉に俺は内心鼻を高くしつつ、頷いた。


「そうだろう。消費する魔力もわずかなものだ。これが機工魔術だ」


 機工魔術は俺のような魔力容量(キャパシティ)が生まれつき低めの人間でも使える、才能に左右されない魔術だ。

 しかしだからこそ、才能や血脈至上主義である魔術師ギルドや貴族の連中にウケが悪かったのだが……まあ今はそんなことはどうでもいい。

 見ればリリアもそれに興味津々といった様子で、さっそく木をセットして加工を初めていた。


「ええと……ブート・オン……?」


 彼女がルーン文字に触れてそうつぶやいた瞬間。


「ひゃっ!?」


 パキコンッ! と音を立てて、真っ二つになった薪が勢い良く射出された。

 それは近くの家の土壁に向かって猛スピードで飛び、ビーンと水平に突き刺さる。


「……えっと」


 リリアは困惑した表情でこちらと突き刺さった薪を交互に見やる。

 当の俺にも何が起こったのかわからず、思わず思考がフリーズしてしまった。

 その横で、メカコは突き刺さった薪へと視線を向けながら口を開く。


「ははーん。魔力圧の違いによる過負荷ですね。御主人様、動力に魔力を流す前に変圧するよう調整した方が安全ですよ」

「……あ、ああ。そう……だな……」


 思えばたしかに、一般人程度の魔力容量の者が使うことしか考えていなかった。

 それにしてもこの魔力量……もしかしてリリアは大魔術師クラスの魔力容量を持つのでは……。

 思わずその顔をじっと見る俺に、リリアは恥ずかしそうに顔を抑えた。


「あ、その、わたし何か変なことをしちゃったんでしょうか……?」

「いやいや、違う違う。リリアは何も悪くない。悪いのは、俺の腕だ。今すぐ直すから気にしないでくれ」


 俺はそう言って、ルーンの改変内容を頭の中に思い浮かべる。

 ……少々部品は必要だが、まあ何とかなるだろう。


「……ああ、あと破片が飛ぶと危ないから、次に使うときはフタを閉めるように」

「はっ、はい! すみません、忘れてました」

「いや、怪我が無くて良かったよ。無事でなによりだ」


 俺が笑ってそう言うと、リリアははにかむような笑みを浮かべた。


「これで薪割りをしなくて良くなります……ありがとうございます、神様」


 彼女の言葉に、俺も笑みを返す。

 ……これでリリアの仕事の負荷が少しは減るだろうか。

 そんな風に考える俺に向かって、リリアは右腕を上げた。


「――では! わたしは畑の収穫を手伝って来ますので!」

「へ?」


 一方的にそう言って、リリアは駆けていく。

 その場に取り残された俺は、呆然とその後姿を見送るのだった。



  ☆



「……お前、働き過ぎだ」

「ええ? そうですか?」


 とっぷりと夜も暮れたリリアの家で、俺は一緒に夕飯を食べていた。

 ちなみにメカコは今、物珍しそうに質素なその小屋の中を隅から隅まで見て回っている。つくづく好奇心の強いゴーレムだ。


「もう夜も遅いってのに、お前は今もこうして飯を食いながら内職までしている。そのままじゃ倒れるぞ」

「で、でもこれは今やっておかないと、冬が来てからでは遅いので……」


 そう言いながら彼女は太い糸を縫い合わせて、何か防寒具らしきものを作っていた。

 俺は溜め息をつきつつ、彼女の代わりに作った木の実のスープをすする。

 ちなみに余談だが、俺は手料理に少しばかり自信がある。

 師匠と旅をしていた頃から二十五年余り、ずっと飯を作っていたら大体の勘所はわかるってもんだ。

 まあ『自分好みの食事が作れる』ようになるだけで、バリエーションが増えるわけではないんだが。


「朝からロクに飯も食わずに村の中の工作物や食料庫の在庫調整とかの指示管理。村の畑の収穫を手伝った後、薪や食事の準備までして……それが終わってようやくこんな時間だ。こんなこと毎日続けて来たのか」


 俺は呆れながら言葉を続ける。


「……お前さん、いくつだ」

「今年で十八になります」

「まだ若いな」


 十五ぐらいかと思っていたが、もしかしたら夢魔(サキュバス)の外見は人間より多少若く見えるのかもしれない。

 まあそれはべつにいいとして。


「なんだってお前が村長みたいな仕事までしてんだ? 誰か他に、上に立つ年長者とかはいないのか」


 俺の言葉に彼女はうつむく。


「それはその……この村は、若くて弱い魔族ばかりが集まった村なんです」


 彼女は出されたスープを見つめながら、そう言った。

 魔族とは、人族以外の種を指す総称でもある。

 ときには蔑称として使われることもあったが、彼女たちは別段呼び方についてこだわりはないらしい。


 リリアはゆっくりと言葉を続けた。


「もともとわたしたちは、魔族の中でも最下層の身分でした。中にはわたしより年上の魔族もいますけど、そもそも指示を出すことに慣れていないんです」


 魔族の世界は完全な実力主義社会だと聞く。

 弱い者は強い者の下に付き従っているのが常だ。


「わたしも正しくみんなをまとめられているのかはわかりません。……でも、みんなでこの地に逃げ出すきっかけとなった予知夢を見たのはわたしなので……わたしには、みんなを導く責任があります」


 彼女はうつむきながらそう言った。

 魔族の国で支配され続けるのが嫌になり、弱者同士で手を取って逃げ出したということだろう。


「わたしが夢を見なければ、この村ができることはなかったんです。わたしがその夢の内容を誰にも漏らさなければ、こんな辺境の地でみんなが暮らす必要はなかった……」


 リリアは自身に言い聞かせるように、言葉を重ねる。


「そもそもわたしがいなければ、みんなは今まで通りの暮らしを続けられていたはずです。だからわたしはこの地に一緒に来てくれたみんなに、幸せを提供しなくてはいけないんです」


 そう言って、リリアはぼんやりと天井を見つめた。

 ――なるほどね。

 リリアの話を聞いて、いろいろなことに合点が言った。

 なら、俺がやるべきことは――。


「リリア」


 俺は彼女に向かって口を開く。


「神様からの命令だ。お前は、もっと不真面目に生きろ」


 彼女は俺の言葉に、困惑したような表情を浮かべた。

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