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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第四章 『Chapter:Venus』
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第八話 『分離』

 どうやら、海鉾さんは帰りに買い物をする予定だったにも関わらずそのことを忘れており、帰り際でふと思い出して引き返してきたということだったらしい。そして、たまたまその買い物をしに行く方向に私と土館さんがいて、何気なく声をかけただけだったみたいだ。


 まあ、海鉾さんがどういう理由で引き返したのかなんてことはどうでもいい。昨日の私にとって大事だったのは、海鉾さんがあの絶望的な状況から私を救ってくれたということだけだ。もちろん、海鉾さんには私を助けたなんて自覚はなく、ただの結果論にすぎないけど、私にとっては大きな意味を持っていた。


 『土館さんは異常だ』。


 昨日、私がこの身で経験したことを要約し、これからに生かすために教訓にするなら、その一言になることだろう。付け加えるなら、土館さんは地曳さん殺人事件に関係している可能性が高いことや、『この世界に警察が実在していないこと』を知っている可能性が高いことも上げられる。


 しばらくの間、私は土館さんに話しかけたくない。というよりはむしろ、本心だけを簡潔に述べると、話しかけられたくもないし、近くにいたくもない。普段の私ならこんなことは思わないはずだけど、今回ばかりは土館さんに非があるといっても問題ないだろう。


 あんなことをされて、あんなことを言われて、あんな表情を見せられたのなら、こんな風に考えたくもなる。きっと、土館さんは私と話したいことがあったのだろうけど、あいにく私はそれに応じる気はない。話しかけてきたら一目散に逃げてやる。


 さて、土館さんの話はさておきとして、そろそろ本題に入るとしよう。


 昨晩、私のもとに以前天王野さんに派遣したFSPの人間五人から連絡が入った。『連絡が入った』とはいっても、電話などではなく、メールで必要最低限度の情報しか書かれていなかったけど。


 そのメールの文面を読んでみると、どうやら私の推理通り、一昨日の晩に天王野さんはFSPの人間五人に地曳さんの死体を処理させたらしい。しかも、地曳さんの殺人現場に何一つとして証拠が残らないように入念に後処理を指示させたみたいだ。


 また、情報操作を行わせて地曳さんが殺されたことを広めないようにさせたり、仮暮先生などから聞かれたときに口裏を合わせるようにさせたり、これらのことをFSPに伝えないようにさせていたらしい。このことから、天王野さんはどれだけ念には念を押した行動を心がけているのかと思ってしまうほどの、計画性のある指示を出したのだということが分かる。


 でも、FSPの人間五人はそれらの指示を送られてきたメールで知り、実行に移したのだという。そのため、FSPの人間五人はそれらの指示を出したのが天王野さんなのだということを知らない。しかし、私が派遣したということもあり、逆らうこともできずにいるらしい。


 もし、天王野さんが地曳さんを殺した犯人なら、これほどまでの計画を立てて殺人を実行したとしても何らおかしくはない。ただ、その場合、天王野さんが地曳さんを殺した動機が分からないのと、私に気がつかれるという可能性を考えなかったのかという問題が残る。


 地曳さんが私に送ってきたメールは一通目がダイイングメッセージで、二通目がそれを上書きする偽造メールだと思っていた。でも、それらがそもそも天王野さんによる偽造工作の可能性だってあるし、もしかすると、どちらも地曳さん本人が送った事件とは無関係なメールの可能性もある。


 ひとまず、ここからは天王野さんが地曳さん殺人事件の犯人ということで話を進めていくことにしよう。地曳さんから送られてきたメールのことや、冥加さんが地曳さんの殺人現場の場所を知っていたことや、海鉾さんがその冥加さんの姿を見たかもしれないことや、土館さんが異常だということもあるけど、それらは一旦保留だ。


 さて、そうこうしているうちに、気がつくと放課後になっていた。どうやら、私は一日中自分の席に座ったまま、はたから見れば知恵の輪を解いているだけで、実際には考え事をしていただけだった。教室の中で何かがあったかもしれないけど覚えておらず、誰かに話しかけられたかもしれないけど気がつかなかった。つまり、それほどまでに私は考え事に集中していたのだということになる。


 そして、気がつくと私は海鉾さんと土館さんの三人で廊下を歩いていた。いや……そういえば、放課後になって帰ろうとしていると、海鉾さんに話しかけられて、なぜか土館さんもついてきて、こうなったような気がする。私は、今日一日の授業内容はともかくとして、こんなことすら忘れている。


 待て。今の状況は少々まずい。厳密には、今の状態がいつまでも続かないからこそ、まずい。


 今のところは、海鉾さんが土館さんと話してくれているから、私は土館さんと話さずに済んでいる。でも、私と土館さんと海鉾さんの帰り道の関係上、途中で分かれなくてはならない。つまり、いずれは私は土館さんと二人で帰らないといけなくなる。少なくとも、その次の分かれ道が来る五分間は。


 昨日のように海鉾さんという救世主が現れる可能性は低いし、そもそもあれこそまさに奇跡と呼べるほどの、出現率皆無な出来事だったに違いない。今度こそ、私は誰かに助けてもらうこともできずに、土館さんに問いただされてしまう。


 確かに、天王野さんにも『この世界に警察は実在していない』ということを伝えているので、一見、土館さんに教えてもよさそうに思える。でも、もし土館さんが天王野さん同様に地曳さん殺人事件に関係していて、それがきっかけで私を殺そうとしてきたら……なんて考えるととてもではないけど、口も開けなくなる。


 それに、昨日からの土館さんは狂っているといっても過言ではない状態なので、話したくないし、近寄りたくもない。これは偏見とか差別などではなく、私の純粋な好き嫌いの感性によるものだ。


 だから――、


「あ」

「……? どうかしたの? 海鉾ちゃん」


 そのとき、不意に海鉾さんが何かを思い出したかのようにそんな声を上げた。私が俯いて知恵の輪を解き続けていると、土館さんが海鉾さんに聞き返した。すると、海鉾さんは両手を自分の顔の前で合わせ、申し訳なさそうに私たちに言った。


「ごめん! 私、教室に忘れ物してたみたい。今から取りに行ってくるから、二人は先に帰っておいてくれる?」

「忘れる物なんてあったっけ? もしかして、タブレットとかを忘れたの?」

「まあ、そんな感じ」

「それなら私たちもついていくよ。それほど時間もかからないと思うし」

「ううん、大丈夫。パッと取りに行って、ダッと追いかけるから、二人は先に帰っておいて」

「あ、そう? それじゃあ、ゆっくり歩いておくね」

「もし帰ってくるのが遅いなーって思ったら、先に帰ってもいいからー、そういうことでー」

「うん。分かった」


 海鉾さんは最後にそんな台詞を言いながら教室がある方向に引き返し、誰もいない廊下を走っていった。そして、同様にして他に誰もいない廊下に残ったのは、私と土館さんだけになってしまった。


 まずい。私はそう直感し、海鉾さんが教室に引き返したことに気がつかなかったふりをして、そのまま廊下を歩いていこうとした。


 しかし、私の静かな必死の抵抗も空しく、背後にいた土館さんにがっしりと肩を掴まれてしまった。前に進めなくなった私は恐る恐る背後を振り向いてみると、そこには満面の笑みを見せている土館さんの姿があった。


「金泉ちゃん、どこに行くの? 私と海鉾ちゃんの会話が聞こえなかったの? たぶん五分くらいで戻ってくると思うから、それくらい待っていようよ。ね?」

「そ、そうですわね……うっかりしていましたわ……」

「……ん? 金泉ちゃん、何だか変だよ? 昨日、悪い夢でも見た?」

「さ、さあ、どうかしらね……」


 誰のせいでこんなに悩んで、こんなに警戒していると思っているのか。何にしても、このまま土館さんの手を振り払って走っても、土館さんは追ってくるだろうから無意味だろう。それどころか、この廊下よりもさらに人通りの少ない場所に追い込まれたらもっと厄介なことになる。


 すると、突然、私の手が暖かくて柔らかい何かに包まれた感触がした。最初はその感触に心地よささえ感じていた私だったけど、ふと我に返ってみると、どうやら土館さんが自分の手で私の手を握り締めていたということが分かった。


 何で土館さんはこんなことをしているのか。そう思ったときにはもう手遅れだった。私が唖然としていると、土館さんは満面の笑みで私に微笑みかけてくる。


「何でそんなに震えているのかは分からないけど、今は私がいるから安心して? 私が頼りになるかどうかは別として、一人よりは、二人でいるほうが心強いでしょ?」

「……そう……ですわね……」

「……?」


 それから約五分と少し。私は土館さんが不穏な行動を取らないか注意しながら、海鉾さんが帰ってくるのを待っていた。土館さんは私に気を遣っているつもりなのか、一言も喋ろうとはしていなかった。ただ、一瞬たりともその笑顔が崩れることもなかったので、逆に不気味だった。


 そろそろ海鉾さんが戻ってきてもよさそうな時間だけど、まだ帰ってこない。教室に忘れたのはタブレットだと言っていたけど、そんなに見つけにくい場所に忘れたのだろうか。まさか、『いつの間にか鞄の中に入っていましたー』なんてオチではない……といい。


「海鉾ちゃん、遅いね」

「一度、電話をかけてみたほうがいいかもしれませんわね」

「それもそうだね」


 そう言って、私は海鉾さんに電話をかけようとした。この場の重苦しい雰囲気から脱出するためにも、それは必要なことだった。


 しかし、私が海鉾さんに電話をかけようとした直前、私のPICが廊下中に響き渡るようにアラーム音を発した。急いで土館さんに握り締められていた手を振り払って電話に出てみると、遷杜様の顔が表示されると同時にその声が聞こえてくる。


「金泉! それと土館! 大変だ!」

「せ、遷杜様。どうかされたのですか?」

「実は……冥加と海鉾が殺されたらしいんだ!」

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