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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第二章 『Chapter:Neptune』
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第四話 『疑心』

「みんな、僕から一つ提案があるんだけど」


 放課後。今日は朝から寝坊したり、葵聖ちゃんを殴ったり、他にも色々と精神力を使うことをして疲れたから、すぐにでも家に帰ろうと思っていたとき、不意に水科くんが教室にいたわたしたち友だちグループの六人全員に聞こえるように声をかけた。その声を聞いたわたしたち六人は水科くんとそのすぐ傍にいた沙祈ちゃんの方向を見る。


「提案?」

「今朝、仮暮先生と葵聖ちゃんが言っていた、赴稀ちゃんが殺された事件。それについて、正直なところあまり実感がわかないけど、僕は友だちを一人失ったことに酷く心を痛めているし、きっとみんなもそうだと思う。でも、おかしいとは思わないかい?」

「どういう意味なのかしら?」

「今どき、殺人事件なんて起きるわけがない。それくらいみんなも分かっているだろう? でも、今回はそれが起きてしまった。しかも、色々と不可解な謎を多く残して。だったら、その真相を確かめようとは思わないかい?」

「そういうことか」


 木全くんと霰華ちゃんが水科くんに質問してくれたお陰で、水科くんが何を言おうとしていたのかが理解できた。その台詞を聞いたわたしたちは、それぞれが自分の考えを持ちながら、これからどうするのかを考え始める。


 わたしは時間があれば一人であの人工樹林に行って情報収集するつもりだったから、水科くんの意見に賛成してもいいけど、他のみんなはどうするんだろう。


 わたしだけが賛成して他のみんなが賛成しなかったときは違和感しか残らないし、ひとまず、他のみんながどうするのか、その選択を聞いてから決めよう。


「あたしはもちろん、逸弛の意見に賛成だから一緒に行くー」

「……私も逸弛君の意見に賛成」

「えー。何、あんたもくるの?」

「……火狭さんには関係ないでしょ?」

「……べっ、別にぃ~。好きにすればぁ~。私と逸弛には全っ然、関係のないことだしぃ~?」


 水科くんの提案に賛成するかどうかについてみんなが考え込んでいるとき、不意に沙祈ちゃんが水科くんの意見に賛成し、それに続いて誓許ちゃんも賛成した。


 まあ、沙祈ちゃんに限っては水科くんが殺人事件の捜索ではなく、たとえ火の中水の中に行くと言ったとしても絶対に付いて行くと思うから、なんとなく予想はできていたけど。


 それ以前に沙祈ちゃんは水科くんの唯一無二の彼女だけど、確か、誓許ちゃんも沙祈ちゃん同様に水科くんのことが好きだったはず。だから、水科くんの好感度を少しでも上げるために他のみんなよりも早くに賛成したんだと思うけど、誓許ちゃんは顔を俯けたまま椅子に座っているばかりだった。


 そういえば、何でかは分からないけど、誓許ちゃんは今朝からあまり元気がないように思える。元々穏やかな性格で物静かだけど、そんなこととは何かが違うような雰囲気があった。だけど、今日見ている限りでは誰かに相談している様子もなかったから、おそらくわたしの思い過ごしなのだろう。それに、もしかすると、それほど気にするようなことでも必要もないのかもしれない。


 いや、でも、誓許ちゃんは沙祈ちゃんに気持ち悪がられるというか、引かれるというか、決して好かれていないことがよく分かる反応をされていたのに、何も言い返したりしなかった。わたしが知っている誓許ちゃんなら、一言くらい言い返しそうなものだけど。


 まあ、今はどうでもいいことかな。


 そんなことを考えていると、少しばかり額に汗をかいていた沙祈ちゃんが一瞬だけ誓許ちゃんのほうをチラ見し、続けて何かを言おうとしたとき、それを遮るかのように冥加くんが声を発した。


「俺も行くよ」

「じゃあ、わたしも」


 気づいたとき、わたしは水科くんの意見に賛成してしまっていた。しかも、冥加くんが台詞を発した後、コンマ数秒後に、間髪を入れずに、即座に、言ってしまっていた。どうやら、わたしの脳の思考回路は『最初の予定』よりも『冥加くんを追いかけること』のほうを優先するらしい。


 まあ、どちらにせよ赴稀ちゃん殺人事件の犯人が冥加くんであることは分かっているし、その冥加くんを守るためにも、わたしは捜索に行くつもりだったから、結果論だけどこれはこれでよかったかもしれない。


 もし例の殺人現場に『冥加對=地曳赴稀殺人事件の犯人』を裏付ける証拠が残っていたとしたら、それを誰にも見つからないように隠滅する必要もあるしね。


「俺も行こう」

「遷杜様も!? ……はぁ、仕方ないですわね。私も行きますわ」


 冥加くんの台詞の直後に放ったわたしの台詞に続いて、いたって冷静な様子で木全くんが賛成し、さらに続いて霰華ちゃんも一度だけ溜め息をついた後賛成した。


 そういえば、以前霰華ちゃんは木全くんのことが好きだ、って言っていたような気がする。でも、霰華ちゃんだって、木全くんが沙祈ちゃんのことが好きなのは知っていると思うけど……。たぶん、あの霰華ちゃんのことだから木全くんの心を沙祈ちゃんではなく自分のほうに向けられる秘策を用意してあるのだろう。それが何かまでは分からないけどね。


 水科くんが赴稀ちゃん殺人事件について調べようという提案をしてからおよそ五分。沙祈ちゃんから始まり、誓許ちゃん、冥加くん、わたし、木全くん、霰華ちゃんの六人が賛成した。そして、あとは葵聖ちゃんが賛成すれば赴稀ちゃんを除いた友だちグループ全員で行くことになる。


 そんなとき、水科くんがみんなに向かって一度だけにこやかに微笑んだ後、葵聖ちゃんのほうを向いて提案に対して賛成か反対かを尋ねた。一方の葵聖ちゃんは、一瞬だけわたしと他の友だちのほうを見た後、眠そうな表情をしたまま面倒くさそうに答えた。


「僕たち七人は行くことになったけど、葵聖ちゃんはどうする?」

「……ワタシもやめておく。……あんなもの見ちゃった次の日にそんなことできるわけないし」


 葵聖ちゃんはそう言って水科くんからの提案を断った後、自分のバッグを持ってすぐに教室の外へと出て行った。その間、わたしたちはそんな葵聖ちゃんの後ろ姿を見ているばかりで、誰も引き止めようだとか、説得しようだとかはしなかった。


 葵聖ちゃんは冥加くんの秘密を知っていて、わたしはそれらのことについて知っている。正直なところ、いつ葵聖ちゃんが冥加くんやわたしを裏切って情報を外に漏らすか分からないから、わたしとしては冥加くんを守るためにも早いうちに消しておきたいところけど、今はまだいいかな。まだまだ葵聖ちゃんからは聞けていないこともたくさんあるし。


「葵聖ちゃんは行かないみたいだね。それじゃあ、僕たち七人で行こうか。でも、一度に大人数で同じ場所を捜索しても効率が悪いから、僕・沙祈・誓許ちゃんの三人のグループと對君・矩玖璃ちゃん・木全君・霰華ちゃんの四人のグループの二手に分かれて行動しよう。目的は、赴稀ちゃん殺人事件の謎の解明ってことで」


 水科くんは提案に賛成した順に七人を二つのグループを分けた。その後、それぞれのグループがどこに行ってどんな捜索をするのかを相談した。


 その結果、水科くんのグループの三人は赴稀ちゃんが殺されていることを葵聖ちゃんが伝えに行ったという交番へ、わたしのグループの四人は赴稀ちゃんが殺されていた殺人現場へと行くことになった。


 というか、よくよく考えてみれば、わたしたちは本当に捜索できるのだろうか。あまり表沙汰になっていないとはいえ、今どきまず起きない殺人事件がわたしたちのすぐ身近で起きたのだ。警察だって、その原因究明や犯人捜索を急いだり、何か情報操作をしたりするのではないだろうか。


 それに、もしそんなことになっていれば、警察から情報を聞き出すことなんてできないだろうし、現場に行ったところで死体が片付けられているのは当然として、冥加くんが犯人であることを裏付ける証拠が残っていた場合、それすらも回収されてしまっているのではないだろうか。


 その後、わたしや冥加くんがどうなるかなんて、わざわざ言うまでもない。


 とりあえず、水科くんがいる三人のグループとわたしがいる四人のグループは、それぞれさっき決めた目的地へと向かった。水科くんのグループはどんな感じで捜索するかは分からないけど、わたしたちのグループはまずは赴稀ちゃんの死体があった現場へ行き、何らかの仕事をしているはずの警察に話を聞くつもりだ。


 例の人工樹林までの行き道、わたしたち四人は日常的で平凡な他愛もない会話をしていた。わたしはできる限り冥加くんとたくさん話して、隙があればわたしが冥加くんの秘密を知っていることを伝えようと思った。


 結果的にはそれは叶わなかったけど、まあ、普段はそこまでわたしとの会話量が多くない冥加くんとものの十数分の間にこれまでの一、二週間分くらい話せたから大満足だ。


 一方の霰華ちゃんも木全くんと話せて嬉しそうにしていたから、そのことについても良かった。やはり、自分の幸せも確かに嬉しいけど、友だちが幸せそうにしているのも充分に嬉しいものだ。なんだか、気持ちが安らかになる。


 そして、そんな幸せな時間はあっという間に過ぎ去り、気づくとわたしたちは例の人工樹林へと辿り着いていた。冥加くんの秘密のこともあるから、事件現場を再度確認するのも大事だと思ったけど、それ以上にわたしは、本末転倒かもしれないけどもっと冥加くんと話がしたいと思っていた。だから、さっさと警察に話を聞いて帰ろうとも思っていた。


 でも、わたしのその予定……というか望みは、まったく予期していない方向へと進んだ。


「さて、ようやく着いたわけだが……」

「見事に誰もいないね」

「むしろ、人がいなさすぎて少々不気味なくらいですわ」

「……なぁ、金泉。例の事件現場は本当にここで合っているんだよな?」

「え!? あ、はい! おそらく、合っていますわ! でも、もう一度調べますので少々お待ち下さ――」

「いや、合ってるならいいんだ。ありがとな」

「い、いえ……!」


 わたしたちは確かに赴稀ちゃんが殺されていた例の人工樹林の目の前に来ていた。でも、逆にいってしまえば、それだけしかなかった。その場にいたのはわたしを含めた高校生四人と、整然と人工樹木が立ち並ぶ人工樹林だけだったのだ。


 いまいち状況が理解できなかったわたしは辺りを見回し、考える。


 今どき殺人事件なんてまず起きないことは誰もが知っている事実だ。でも、今回の赴稀ちゃん殺人事件は冥加くんが引き起こし、目撃者である葵聖ちゃんを利用して自分自身を犯人ではないように見せかけ、普段の生活では一人の高校生として振舞っている。


 たとえ冥加くんがそのように死力を尽くして演技していたとしても、滅多に起きないはずの殺人事件が起きたのだから警察がその捜索に来ていてもよさそうなものだ。でも、わたしが確認できる範囲内では警察は一人としていなかった。また、警察以外にもわたしたち以外の学生や一般の歩行者の姿も見当たらず、その場にはまさしくわたしたちしかいなかった。


 例えば、こんな可能性はどうだろうか。実は、警察は赴稀ちゃん殺人事件の現場の処理や周辺区域への情報操作が済んでいる。だから、今はもう警察署に帰って捜査を開始する準備をしている、という可能性。これなら、警察がいないことや、ここにわたしたち以外に誰もいないことに納得がいく。


 しかし、それだけではまだ解決できていない部分がある。いくら現場の処理が終わったとしても、その現場をすぐに開放するとは思えない。少なくとも立ち入り禁止区域に指定するとかするはずだ。それに、情報操作が行われているのなら、何でわたしたちはここに来れているのだ、ということになって矛盾が生じる。


 おそらく、これは冥加くんや葵聖ちゃんがしたことではない。今の、少し驚いた様子の冥加くんの表情が演技ならまだ分からないけど、もしこんなことをするのなら、今朝保健室で調教しておいた葵聖ちゃんから説明の一つや二つあるかもしれないしね。


 わたしは解決しようのない違和感を抱えながら、その場で考え続けていた。すると不意に、木全くんと会話したことで顔が真っ赤になっていた霰華ちゃんが普段の調子を取り戻して言った。


「みなさんはどうされますか? 私は警察の方がいらっしゃらないのなら、今のうちに調べられることを調べたほうがいいと思うのですが。もっとも、次にいつ警察の方が帰ってくるのかなんて分かりませんけど」

「そうだね。霰華ちゃんの言うとおり、『調べるのなら』今でしょうね」

「と言われますと?」

「本当に現場に行くの? 今からわたしたちが行こうとしている場所は仮にも、赴稀ちゃんの死体があった場所でしょ? それについて大丈夫なのかってこと」

「そういうことですのね」


 霰華ちゃんの台詞にわたしはいたって冷静に答える。わたしは昨日の夜に赴稀ちゃんのバラバラ死体を見ているから、今さら心構えなんてする必要はないけど、霰華や木全くんはおそらく……というか絶対に初見のはずだ。冥加くんは赴稀ちゃんを殺した犯人そのものなんだから、わたしが感じていることと同様のことを感じているのだと思う。


 わたしと霰華ちゃんが会話していると、その少し離れたところで冥加くんと木全くんが何やら相談をしている様子が伺えた。離れていたといってもあまり距離はなかったけど、小声で話していたからなのか、その会話はほとんど聞こえてこなかった。


 そして、その相談が終わったのか、冥加くんと木全くんはわたしと霰華ちゃんに近寄り、まず冥加くんが声を発した。


「今俺たちだけで相談したんだが、俺と遷杜は二人の意見に従うから、好きに決めてくれ」

「ありゃりゃ? 冥加くんと木全くんは決断力ない系男子だったの?」

「何だ何だ。最近の男は肉食系だとか草食系だとかそういう類いの大雑把な分類だけではなく、そこまで細かく分類されるようになったのか?」

「さあ? わたしに聞かれても」

「……おい」

「まあ、俺は別に好きに言ってもらっても構わないが。冥加のように気にしたりしないしな」


 冥加くんと話すのは楽しい。たぶん、冥加くんはわたしに対して少したりとも意識なんてしてくれていないと思うけど、わたしたちはそのうち今回の殺人事件をきっかけとして運命共同体となる。だから、今だけならわたしはある程度の我慢ができる。


 こんな風に冥加くんに対して意味不明なことを言ってみたりしても、冥加くんは何らかの言葉を発して返答してくれる。冥加くんは、肉食系でも草食系でも決断力ない系でも、何系男子だったとしても構わない。ただ、彼がこの世界に一人しかいない『冥加對』くんであってくれればそれでいい。


 冥加くんと他愛のないやり取りができたことについてわたしは内心かなり喜びながら、次に冥加くんが話しかけてきてくれたらどんな風に返答しようかと考えていた。そんなとき、しばらくの間考え込んでいた霰華ちゃんがわたしたち三人に言った。


「せ、遷杜様と冥加さんがよろしいのでしたら、せっかくですし行ってみましょう」

「そうね。冥加くんがいいって言うなら、そうしようか」

「……二人に従うとは言ったが、何で基準なんだ?」

「さあ? わたしに聞かれても」

「……おいおい」

「仲いいな。お前ら」


 何でわたしが他の誰でもない、冥加くん基準で行動するのか。そんなことは決まっている。それは……あのとき、わたしのことを救ってくれて、わたしの心を奪ったあなたが、冥加對くんだからに他ならない。


 その後、わたしたち四人は目の前に整然と広がる、例の人工樹林の中へと入って行った。

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