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オーバークロックプロジェクト-YESTERDAY   作者: W06
第一章 『Chapter:Pluto』
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第十二話 『遷化』

 今日は帰り際に金泉から話があると言われ、人通りの少ない道を通って遠回りをしながら、二人きりで地曳や天王野が殺された事件について情報交換をし合った。まあ、その大半は俺が金泉からの質問に答えるだけの形になっていたいて、俺が金泉から得られた情報は少なかったが。


 どうやら、金泉は俺が地曳と天王野を殺した犯人を知っているのではと思い込んでいたみたいだったが、あいにくそれはまったくの検討違いだった。俺は確かに地曳と天王野が殺された前後に現場にいたが、犯人の姿なんて見てはいない。


 金泉は、最初は俺の言葉を信じてくれなかった。でも、何度か否定し続けていると、俺が本当に犯人の姿を見ていないということを信じてくれて、少し不満足そうにしていたが、『今日はこれくらいで許して差し上げますわ』と言って、途中の分かれ道でそれぞれの自宅へと帰るために分かれた。


 何はともあれ、今日は何事もなく一日を終えることができそうだ。昨晩金泉が相談をした相手というのが海鉾だと仮定して、何で金泉は俺にあんな質問をしてきたのか。結局のところ、そのことについては俺にもよく分からなかったが、次に二人に会ったときに聞いてみればいいだろう。


 そういえば、みんなはもう帰ったのだろうか。火狭と土館に喧嘩をさせないために俺と海鉾はあえて二人の間に時間を空けて家に帰すことにしたのだが、俺は金泉に声をかけられてしまったために手伝えなくなった。少し心配だが、上手にやってくれているだろうか。


 念のために遷杜にも頼んでおいたし、きっとあの二人なら俺が心配するまでもなく、何とかしてくれているだろう。確か帰る順番は、先頭が逸弛と火狭のペア、次が俺と金泉のペア、三番目に土館、そして最後に土館が予想外な行動を取らないように監視するために遷杜と海鉾のペアがいる、という予定だったはずだ。


 それぞれのペアが学校を出る時間は約十分の間隔を空けていれば大丈夫だという話になったので、逸弛と火狭のペアが帰ってから二十分後に土館が学校を出ることになるのだが、それまで遷杜と海鉾が土館を適当な雑談で引き止めてくれていれば作戦は成功だ。あとは、明日と明後日、つまり土曜日と日曜日の二日間が過度に熱くなってしまった二人の頭を冷やして、時間の経過が今回の件を解決してくれることだろう。


 そこまで考えたとき、俺はふとあることを思いつき、PICを操作して電話をかけようとした。だがその直前、それとはまったく別のことにも気がついた。


「……あれ? 何で、こんなに時間が経っているんだ?」


 確か、逸弛と火狭が学校を出たのは四時丁度だったはず。だから、俺と金泉が学校を出たのはその十分後の四時十分のはずで、学校から金泉と分かれたあの分かれ道までは歩いて十五分くらいしかかからないはずだ。


 今俺は金泉と分かれたその地点から数分くらいの地点にいる。ここまでの所要時間を計算すると、現在時刻は四時半頃でなければおかしい。それなのに、俺のPICは現在時刻を四時四十分と表示している。


 俺はこれまでに、PICが故障したりデータの取得ミスをするなんて事例を聞いたことがないし実際に経験したこともない。PICは終戦後しばらくしてからその必要性が出てきた際にどこかの偉い科学者によって開発されて、それからは毎年大量に生産されているという、比較的歴史の浅い代物だ。


 俺も左腕に取り付けているこのPICを使用して十六年と少しになるが、他の日常的に使用する家電製品などとは比べものにならないほどメンテナンスの回数は少なく、そうにも関わらずこれまで一度たりとも故障したりしてはいない。


 故障でも誤表示ではないとすれば、何でPICはこんな現在時刻を表示しているんだ? 金泉と話しながらゆっくり歩いていたから、俺が知っているそれぞれの道の所要時間よりも長くかかってしまったのか? それとも、普段は通らない研究所が多くある通りを歩いたから、時間の感覚がおかしくなったのか?


 まあ、理由は何であれ、大して気にするようなことでもないだろう。地曳や天王野の殺人事件に比べると、どうでもいいような些細な問題だ。俺には他にも考えなくてはならないことがあるし、今から実行しなけれなならないこともある。


 そう考え至ったときの俺は今起きた現在時刻の問題なんて完全に忘れ、PICを操作して土館に電話をかけていた。確か、土館の自宅は他の友だちと比べて学校から近い位置にあり、土館が学校を出る予定の時間からはもう二十分も経っている。さすがに、そろそろもう自宅に帰っているだろう。


 俺は自分自身の楽しみのために、そして俺が好いている土館にせっかくの休日なので気分転換でもさせてあげようと思い、電話をかけた。このときの俺は昨晩土館に電話をかけたときよりも妙に落ち着いており、冷静だった。昨日の経験から、ただ単純に好きな女の子に電話をかけることに慣れただけなのかもしれないが、そんなことに慣れてしまうというのも中々に切ないものだ。


 数回の呼び出し音がPIC越しで俺の耳に聞こえてきた後、丸みを帯びた可愛らしい女の子の声が聞こえて来た。


『はいはーい! どうしたのー? 冥加きゅーん!』

「……ん? ……あれ? つ、土館……だよな?」

『そうだよー?』

「……?」


 俺は昨日の失敗を忘れたのか、音声通話で土館に電話をかけた。それはともかくとして、俺が今話しているこの女の子の声はどこからどう聞いても俺が知っている土館本人のものだと思うのだが、何かが違う。具体的にいうと、微妙に声色が違う気がするし、何よりも話し方や雰囲気が違う。


 俺が知っている土館は、いつもお淑やかで落ち着いている雰囲気の女の子らしい女の子だ。だが、今俺がPIC越しで通話しているこの女の子はそんなことを微塵も感じさせないような、むしろ土館とは正反対に明るくて活発的な印象を受ける人物だった。俺が知っている女の子の中では、海鉾によく似た感じがする。


 俺は数秒間に渡って、電話相手の少女の正体について考えていた。PICは基本的に本人しか使用できないはずだし、それを外すのは風呂に入るときや寝るときくらいだ。それ以外では特例がなければ必ず装着しておかなければならず、もしそうしていなければ、事件が起きたときや非常時に真っ先に疑われてしまう。


 俺は自分でも何を考えているのかが分からなくなっていた。この子は土館だが、土館ではない。いや、どちらかというと俺が知っている土館ではない、のか。だとすれば、この子はいったい……?


『……あっ……ちょっ……やめ――』

「土館? どうかしたのか?」

『……はー、はー……もしもし……ご、ごめん。冥加君――』

「……つ、土館!? もしもし!? おい!? 何があった!?」


 音声だけが聞こえてくるPICの向こう側、土館がいる場所からは何かが落ちたり倒れたりしたような大きな物音が聞こえてきた。土館の様子がどこかおかしかったのは分かっていたが、今の大きな物音はどう考えてもそれ以上におかしい。


 まさか、土館のもとに地曳や天王野を殺した犯人が行ってしまったのではないだろうか。だから、土館は慌てたような焦っているような様子で息を切らしていて、今の大きな物音はその犯人と何かがあったから聞こえてきたものなのではないだろうか。


 俺は土館に危険が迫っていると勝手に思い込み、自分の体の向きを土館の自宅の方向へと切り替えて、全力で走り始めた。その間も、土館の荒い息遣いと俺に何かを言おうとしている様子が伺えた。俺は走りながらも、土館に今どこにいるのか何があったのかを聞く。


「土館! 今は自宅にいるのか!? だったら、俺が今から助けに行くから、少しだけ待っていてくれ! 生き延びていてくれ!」

『冥加君……違う、違うの……』

「何が違うって言うんだ! 俺は……俺は、土館に何かあったら嫌なんだよ! だから――」

『いや、その、そうじゃなくて……さっき、電話に出たのは……えっと、「私の妹」なの……』

「……………………え?」


 土館がそう言った瞬間、全力疾走していた俺の両足はブレーキをかけられたかのように急停止し、一瞬だけ魂が抜けたのではないかと思えるように呆気に取られていた。そして、俺の思考が追いつかないままに、土館は先ほどまでの荒い息遣いを落ち着かせて続けて言った。


『少し用事があってPICを机に置いていたときに冥加君から連絡をもらったみたい。それで、うっかり目を離している隙にあの子ったら私のPICを勝手に触ったみたいで……ごめんね、変な誤解させちゃって』

「あー、いや、大丈夫だ」


 てっきり土館が地曳や天王野を殺した犯人に襲われていると勘違いしていた俺は、いたって元気そうな土館のその声を聞いて心底安心した。そして、それと同時に心底拍子抜けした気持ちにもなった。


 というか、土館に妹がいたなんて知らなかったな。あ、今になって思い返してみれば、あれはそういうことだったのか。先ほど、俺が電話相手の女の子に『土館だよな?』と聞いたときにあの子がそれを否定しなかったのは、あの子が土館の妹だったからなのか。妹なら複雑な事情がない限りは苗字が同じに決まっているし、俺の名前ならPICの立体映像に表示されるはずだから俺の苗字も知っていた、と。


 まあ、何はともあれ、土館が無事でよかった。俺はほっと胸を撫で下ろすような気持ちになりながらも、そろそろ本題に入ろうと思い、PIC越しで繋がっている土館に声をかけた。どうやら、土館の近くにはまだ妹がいるらしく、奥のほうからはくすくすと可愛らしい笑い声が聞こえてきていた。


「それで、土館は今少し大丈夫か?」

『うん。大丈夫だよ』

「実はな、明日みんなでどこかに行こうと思っているんだが、土館も一緒に来ないか?」


 そう。俺は自分が楽しむために、そして、日頃から逸弛を取り合って火狭と喧嘩してストレスが溜まっているであろう土館に気分転換をさせるために、明日は五人で遊びに行こうと考えていたのだ。


 流石に逸弛と火狭を誘うとまたややこしいことになりそうなので、それ以外のみんなだけで行くつもりだ。行き場所はまだ決めていないが、どこかへ遊びに行けば少しくらいは気も楽になるというものだろう。


 俺たちが住んでいる街……というか、この周辺の区域には遊園地やショッピングモールなどの豪華な遊び場なんて全然ないので、そこら辺にある何の変哲もない喫茶店とかゲームセンターくらいしか行く場所がないが、それでも普段はそんな時間すらないからそれだけでも充分だろう。


『それは……何人で、誰と行く予定?』

「一応、今のところは俺と土館、あとは遷杜と金泉と海鉾の合計五人だな。たまにはこういうメンバーで遊びに行くのも悪くないだろ? 地曳と天王野のことは残念だったけど、だからといってずっと引きずっていても仕方がないし、みんなも何かと精神的に追い詰められているみたいだったから、その気分転換になればと思ったんだけど。どうかな?」

『気分転換……うん、分かった。私も行くよ』

「本当か!? えっと、他の三人には俺があとで連絡しておくから、集合時間と行き先についてはまた明日報告する!」

『うん。それじゃあ、また明日。楽しみにしてるね』

「おう! 任しておいてくれ!」


 俺の威勢のいい返事の直後、電話が切れて電子音が聞こえてくる。それはそうと、改めて思い返すと、俺はとんでもないことをしてしまったのかもしれない。いくら他に三人いるとはいえ、今現在では俺は土館にデートのお誘いをして、それを承諾してもらえたのだから。


 土館が逸弛のことを好いていることくらい重々承知だが、それでも今回の出来事は少なくとも俺の中では大きな経験になった。しかも、土館は『楽しみにしてるね』とも言ってくれた。


 なんていい子なんだ。まるで天使だ。


 土館は、友だちとはいえ『モテない・さえない・取り得ない』と三拍子揃ってしまっている悲しい男子である俺からの誘いを嫌な素振り一つ見せることなく承諾してくれた。


 こんな奇跡はもう二度と起きないかもしれない。もしかすると、俺が緊張して変なことを言わなかったから、承諾してくれたのかもしれない。いや、俺のお陰ではないな。土館の心が寛大で優しかったから、こんな結果に落ち着くことができたんだ。


 よし、これから俺がするべきことはただ一つ。俺なんかのお誘いに乗ってくれた土館の期待に答えられるように三人を誘って、一晩かけて明日のプランを考えなければ――、


「……ん?」


 俺は自分の気分が高揚して有頂天になりながらも、家に帰ったらまずは何をしようかと考えていた。そのとき、不意にPICの通話機能が誰かから俺に電話がかかってきていることを知らせるアラーム音を鳴らしていた。


 俺のこの最高に高揚している浮かれた状態を途中で止めさせる輩は誰か、と思いながらも、俺はPICを操作してそれが誰なのかを確認した。


「……遷杜? 何で、遷杜がこんな時間に?」


 どうやら、俺に電話をかけてきたのは遷杜だったらしい。でも、遷杜は今頃海鉾と一緒に土館の監視が終わってそれぞれの自宅に帰ろうとしている頃だと思うが、何かあったのだろうか。俺は物事を特に大きく考えずに遷杜からの電話に出た。


「はい、もしもし。こんな時間にどうしたんだ? 遷杜」

『冥加、単刀直入に言う。今すぐに、第二地区多種研究施設密集区域V-5エリアまで来い』

「は? どうしたいきなり。というか、何でそんなところに行かないといけないんだ」


 遷杜は何に怒っているのか、PIC越しでも分かるようにやけに重苦しい雰囲気を放ちながら妙に感情が込もったような感じで俺にそう言った。今遷杜が言ったのは、俺が随分と前に通り過ぎ、金泉と一緒に下校中に通った研究所が沢山あった、あの道の一部のことだ。


 これから家に帰って明日に備えて色々と準備することがあるというのに、何でそんなところにいかないといけないのか。そう考えた俺は、遷杜からのその要求を拒否して、明日一緒に遊びに行かないかと聞こうとした。しかし、その考えは次の遷杜の台詞によって消え去った。


『さっき、金泉が殺された』

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