第十話 『推理』
土館さんが職員室から仮暮先生を呼んできた後、私たち三人はそれぞれが知っていることを可能な限り説明した。仮暮先生は、教室に広がっている惨状と冥加さんの死体を見ると非常に悲しそうな表情をしていた。そんな仮暮先生の姿を見ていると、胸が痛くなる思いになった。
その後、仮暮先生は職員室から他の先生たち数名を呼び、警察に通報した。私たちは靴や制服に付いた血を水道で洗い流した後、すぐに家に帰された。
あと、冥加さんの死は確定事項だとしても、海鉾さんは死体が見つかっていないため、死亡したとは断定できないので、行方不明としてこれからも捜索されることになるらしい。
途中まで無言で一緒に下校していた遷杜様と土館さんと分かれた後、やっとの思いで自宅に辿り着いた。私は自分でもよく分かるくらいに精神的な疲労が溜まっていたらしく、気がつくと夕食の時間の寸前までベッドの上で制服を着たまま眠ってしまっていた。
やはり、海鉾さんと冥加さんというかけがえのない友人を二人も失ってしまったことがショックだったのだと思う。自分ではそこまで自覚していなくても、それほどまでに私にとってあの二人の存在は大きなものだったに違いない。
夕食後、しばらくの間、ベッドの上で横になっていると、不意にPICからアラーム音が聞こえてくる。そういえば、そうだった。そろそろ、天王野さんに派遣した五人から『今日は何をするように指示されたのか』について報告がある時間だった。
疲労のせいなのか、思うように動かない体をゆっくりと起こし、PICを操作してメールボックスを開いた。そして。つい先ほど届いた報告のためのメールを確認する。
そのメールの内容は、今でも充分に混乱している私のことをさらに混乱させた。私は、再度そのメールの意味を認識するために、小さな声で言った。
「『海鉾さんと冥加さんのご家族を処分した』……ですって……?」
メールの文面には『本日死亡した海鉾矩玖璃と冥加對の家族を口封じのために処分した』と書かれていた。もちろん、メールにはそれだけではなく他にも何かが書いてあったような気もしたけど、私にはそれらは見えなかった。代わりに、その一文だけが私の瞳に焼きついた。
私が天王野さんのもとに派遣した五人はあくまでFSPの人間だ。それなりの正義感を持っていたからこそ、治安や警察情報を管理しているFSPに入ったはずであり、あの五人はその中でも特に優秀な人材だったはずだ。
それなのに、その五人が、私に派遣されたというだけで、たった一人の女子高校生から指示されただけで、殺人を犯した? いや、あの五人は天王野さんからメールで指示を受けているはずだから、指示をしているのが天王野葵聖という女子高校生なのだということを知らない。
……ということはつまり、あの五人が海鉾さんと冥加さんを殺したのは、『私が身元不明の人物のもとに派遣した』から? そのことを前提に考えると……まさか、海鉾さんと冥加さんが殺されたのも、そのご家族が殺されたというのも、全て私の責任?
「……はは……そんなことあるわけ……ないですわ……」
そうだ、そうに決まっている。そもそも、まだこのメールが真実だという証拠はどこにもない。一つずつ、ゆっくりと自分の意見を持って調査して、それから後悔すればいいだけのことだ。もしかすると、海鉾さんは今もどこかで雲隠れをしているだけで、冥加さんの遺体は作り物で、二人のご家族も平和な日常に送っているかもしれない。
私はそう考えることしかできなかった。いや、そう考えること以外のことができるわけがなかった。そうしなければ、私の精神は罪と後悔の意識ですり潰されて、なくなってしまいそうだったから。
でも、私はこの場面で改めてよく考えてみるべきだった。一度だけ大きく深呼吸をして、精神状態を正常に戻して、思考能力を高めてからにするべきだった。そうしておけば、何かが変わっていたのかもしれない。
しかし、私は理論上は最適とされるその行動をすることができなかった。それもそうかもしれない。このときの私は精神的に非常に不安定な状態にあり、正常な判断と行動ができなくなってしまっていたのだから。
気がつくと、私はPICを触っており、普段なら緊張し過ぎて電話の直前でやめてしまうのに、今回はそんなことはなかった。代わりに、全身汗だくになり、肌の露出の多い薄着のまま電話をかけていた。
電話をかけた相手は、遷杜様だ。
海鉾さんと地曳さんと冥加さんは、殺された。火狭さんと水科さんには、電話をかけにくい。天王野さんと土館さんには、電話をかけたくない。そして、友人グループの中でそれらに当てはまらないただ一人の人物として、私にとって一番頼りになる王子様のようなヒーローのような存在。
それこそが遷杜様だ。遷杜様なら、あまり感情を表情に出さなくても、私のことを心配して話をしてくれるだろう。そう考えた結果、私は遷杜様に電話をかけたのであった。実際には、『そう考えた』というよりも『そうだと信じたかった』というのが正しいわけだけど、今はそんなことは関係ない。
数秒後、PICの立体映像上に遷杜様の顔が映し出される。
「遷杜様! 夜分遅くに申し訳ありません!」
「あ、ああ。俺は別に構わないが」
「それはよかったですわ!」
遷杜様は私の姿を見て少々驚いた表情をした後、普段通りの冷静沈着で落ち着いている雰囲気に戻った。私はそんな遷杜様の姿を見て安心し、続けて話しかける。
「それで、早速本題に入りたいのですが……今日起きた海鉾さん冥加さん殺人事件について、遷杜様はどう考えていますか?」
「いや、悪いが、俺には何も分からないんだ。なぜ冥加と海鉾が死ななければならなかったのか、二人を殺した犯人はどこのどいつなのか。まったく検討もつかない……ん? まさか、金泉には何か分かっているのか?」
「ええ、まあ。一応、家に帰ってきてから今まで私なりに考えた推理ならありますわ。ですが、これはあくまで私個人のテキトウで勝手な推理にすぎませんが」
「それでも充分だ。何も分かっていない俺からすればな。とりあえず、金泉が考えた推理とやらを聞かせてはくれないか?」
「分かりましたわ」
遷杜様はやけに食い入るようにPICの画面に自分の顔を近づけ、私の推理を聞こうとしてくる。やはり、それほどまでに遷杜様にとって友人である海鉾さんと冥加さんは大切な存在であり、その犯人が逮捕されることを望んでいるのだろう。
しかし、その会話の最中、私はそれとは別に幸せを感じていた。それは、遷杜様にこれほどまで頼りにされているということだ。今までは遷杜様と会話をする機会はほとんどなく、たとえあったとしてもせいぜい一言二言の台詞だけで終わってしまっていた。記憶に残っている限りでは、一昨日の人工樹林の捜査の行き道の会話がそれまでの最高記録に匹敵することだろう。
でも、今はそうではない。今は、遷杜様は私が考えた推理を食い入るように聞こうとしている。少しでも情報を集め、海鉾さんと冥加さんを殺した犯人を捕まえるために必死になっている。
もしかして、私はこれをきっかけにして遷杜様と結ばれることができるのでは……?
いやいやいやいや。さすがに、友人が殺された事件をネタにして遷杜様の気を惹こうだなんて、あまりにも性格が悪すぎるし、不謹慎だ。そもそも、遷杜様がそれくらいで私に惹かれてくれるのであれば、ここまで私は苦労していない。
……だけど、少しだけ、せめてきっかけにするくらいなら問題ないかもしれないし、それくらいなら亡くなったお二人も許してくれるかもしれない。
私は自分でもよく分かるくらいに顔を赤らめて、考えた推理を遷杜に説明する。
「そ、それでは、私が考えた推理をご説明致しますわ」
「ああ。頼んだ」
「それではまず、遷杜様。本日の夕方、土館さんが仮暮先生に事件のことを伝えに行く直前、何と言っていたか覚えていらっしゃいますか?」
「土館が何を言っていたかだと? ……実は、あのときの俺は冥加と海鉾が殺されたことで混乱していて、今になってはほとんど記憶がない。どれが夢でどれが現実だったのか、まるで区別がついていない。だから、何かを言っていたのは分かるが、何を言っていたかまでは……」
「そうですか。それでは、私からお教えいたしますと、あのとき土館さんは『天王野さんの行方』について言っていたのですわ」
「『天王野の行方』? 天王野なら、教室で冥加と話した後、帰ったんじゃないのか? それで、その後に海鉾が来て、何者かが二人を殺して、その現場を俺が発見した――」
「もし、一見真相に思えるその一連の流れが根本的なところから間違っていたら、どう思いますか?」
「何?」
そうだ。もしかすると、私はもっと前から、海鉾さんと冥加さんに限らずこんなことが起きてしまうことを察していたのかもしれない。そして、その犯人が誰なのか、何を使ったのかも。
「私の推理では、海鉾さんと冥加さんを殺したのは天王野さんですわ」
「何だと!? 天王野があの二人を!?」
「それと、地曳さんを殺したのも天王野さんだと思いますわ」
「二人だけでなく、地曳までも……なのか。金泉のことだから、もちろんその考えの裏づけはあるんだろ?」
「ええ。まずは、今日起きた事件について整理するとしましょう。何らかの理由で冥加さんを殺さなければならなかった天王野さんは、放課後に冥加さんを教室に呼び、他の人たちを先に帰したのだと思いますわ。そして、冥加さんを殺した。おそらく最初は、自分が犯人ではないように見せかけるためのアリバイ工作をするつもりだったのでしょう。しかし、そこに忘れ物を取りに帰ってきた海鉾さんが現れ、口封じのためにやむを得ず海鉾さんも殺した。このときに、天王野さんは大怪我を負い、廊下や階段を使用せずに、窓から校舎を脱出した」
「……その後、冥加の様子を確認しに行った俺が、あの惨状を発見し、金泉に電話をかけたということか」
「事件の一連の流れとしては、こんなところでしょう。これなら、教室に天王野さんがいなかったこと、廊下や階段に血痕がなかったこと、学校関係者以外は立ち入れないはずの学校に犯人がいたこと、この全てに説明がつきますわ」
「なるほどな。ということはつまり、金泉に『天王野の行方』について言った土館は夕方の時点で気がついていたということになるのか? それとも、それに近いことは気がついていても、結論を出すには証拠不足だったのか?」
「私には土館さんがどこまで推理できているのか、何を考えているのかは分かりませんわ。ですが、遷杜様の言う通り、天王野さんが海鉾さんと冥加さんを殺した犯人かもしれないということまでは気がついているかもしれませんわ」
そこまで気がついていれば天王野さんが犯人だと断言できそうなものだし、『この世界に警察がいない』ことを知らないはずの土館さんならすぐに通報しそうなものだ。
でも、最近の土館さんはどこか様子がおかしいし、『この世界に警察がいない』ことを知っていそうなそぶりも見せていた。だから、断言はできない。
「だが、俺としては一つだけ気になることがある」
「……? 何でしょうか?」
「天王野はどうして三人を殺したんだ? それに、どうやったら冥加の腹部を吹き飛ばしたり、海鉾を右腕だけにできるんだ?」
「それについても、今からご説明致しますわ」
私は自分さえもが狂ってしまっていることに気がつかないまま、遷杜様に自信満々で推理の概要を説明していく。友人を三人も失っていて、その犯人も友人だという異常な状態にあるにも関わらず。