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#22 理屈で理解してもついてこない感情がある

 オーム海商の件をホルガーお兄様に報告すると、「なるほど確かに」と頷かれた。


「オーム海商は海賊に奪われたと保険金請求書を寄越す。しかしあまりにその請求頻度が高く、それはオーム海商の規模に照らしてもなお不自然。一方で、視察では特段疑わしい点は見られない。特に海賊に奪われた“ふり”なのであれば、貨物はオーム海商に残っているはずだが、それも見当たらない……そういうことだな」

「はい、そのとおりです」


 ブラウンの双眸が珍しく書簡でなく私を見たので、少し緊張した。しかも自分の報告をまとめられると、拙い理屈を添削されたような気持ちになった。


「ただ、被害品である貨物を隠すには格好の場所がある、と」

「はい。それがグライフ王国です」


 ノルバート様が言ったヒント「オーム海商はオーム伯爵がその財を投じて組織したものであり、また王国体制について積極的に意見し、O派と呼ばれはじめたのも同時期」である。それが何を意味するのかやっと理解した。

 ホルガーお兄様は「どういう意味だ?」と促してくるが、その余裕たっぷりな顔を見ていると、おそらく答えにはたどり着いた後に違いない。


「オーム海商は、交易相手であるグライフ王国内貴族と裏取引をしているのでしょう。オーム伯爵側は、“被害品”を交易相手に買い取らせ、保険金と商品代金を二重にせしめる。その見返りとして、オーム伯爵は現王国体制で宥和派に立っているということなのでは?」


 この取引において、問題のグライフ王国内貴族にはリスクがない。なにせ、その貴族からしてみれば、外形的にはただオーム海商の商品を買っているだけなのだ。保険金請求書にはオーム海商の署名しかないため、仮にこちらが追及したとしても、保険金を詐取しているのはオーム海商側が勝手にしていることだとしらを切れば足りる。オーム伯爵が宥和派に立っていることも同じだ。


「なぜオーム伯爵が宥和派に立っていることと繋がる? いまの話なら、グライフ王国との交易内容は深く追及されないのをいいことに勝手に海賊に襲われたことにしていると考えても通るだろう」

「そこは……、正直こじつけであることは否めません。ただ、海商ができた時期とオーム伯爵が宥和派となった時期とが、偶然にしてはきれいに重なります。それに……」


 内乱後のグライフ王国は宰相による傀儡政権にある――ノルバート様から聞いたことを思い出す。


「O派の主張内容は、正直N派と大差なく、なにがそう対立を生んでいるのか一見判然としませんが、最大の違いは窓口――O派が会談相手として予定するのは宰相です。そして、オーム海商にとって最大の交易相手はその宰相一族です」


 ロード・ベルントから預かった交易相手リストを見せる。交易相手の数と手堅さは、不意の取引拒絶やいちゃもんといった貨物の不当な返品を防ぎ、貨物価値の低下を防げて云々――とノルバート様が説明すると、ロード・ベルントはすんなりとリストを出してくれたのだ。つくづく小物感が否めない。

 それはさておき、つまりオーム海商は私腹をこやしているだけでなく、内乱の延長である傀儡政権を支持するという倫理にもとる態度に出ているのだ。つい身を乗り出してしまった。


「もちろん証拠はありませんし、だからといって王国に乗り込むつもりはありません。なにせお兄様――ゲヘンクテ辺境伯が口実を作って国境を侵しにかかったなどと濡れ衣を着せられてしまってはオーム伯爵の思うつぼですから。しかし――」

「まあ待てエレーナ、お前の話は分かった」


 落ち着け、とでもいうように手を出して止められた。


「お前の言うとおり、オーム伯爵が王国宰相と手を組んで保険金を詐取しようとしているのかもしれん。しかしいざとなれば宰相側はしらを切れば足りる話だ。これは分かっているな?」

「はい」

「ということは、王国事情に関わる必要はないな?」


 にっこりときれいな微笑を向けられ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしてしまった。確かに……、確かに、オーム海商の詐欺の証拠と、宰相が共犯であることの証拠とは別だ。そして、後者の証拠を手に入れるのは非常に難易度が高い。

 つまり、今回はオーム海商の罪だけ暴けばそれでよい。ホルガーお兄様の言うことは分かったが、グレーである宰相を見逃すのは釈然としなかった。


「必要は……ないのは分かりますが、しかし……」

「オーム海商側が詐欺を働いている証拠として最も手に入れるのが容易でなおかつ価値も高いものといえば、その宰相が持っている購入品リストだろうな。それをもらうということは、宰相にオーム伯爵を“切れ”と言うことだが、普通に考えれば渋るだろう。オーム海商の責任者を騙して購入品リストの写しを手に入れるほうが確実だな」

「……そんなリスクのあるものを保管しておくでしょうか」

「もちろん、こちらに見られては困るものだが、保管しておかねばそれはそれでリスクもある。宰相側が購入してもない商品の破損や紛失を理由に金を請求できてしまうからな」


 ホルガーお兄様の説明には納得しているが、いま私がしたい話はそれではなかった。このままでは、宰相が黒であっても、こちらから何も手出しはできない……。


「……あの、幸いにもグライフ王国は海洋の自由を主張していますから、海上である限りはどこまで行ってもグライフ王国の国境を侵したことにはならないのであって……」

「しつこいぞ、エレーナ」


 ホルガーお兄様は机上の書簡に視線を移した。私との話の決着はつき、それで揺るがない、そういう態度だ。


「少なくとも、これでオーム伯爵の罪を問える。そうなれば伯爵は失脚し、必然O派は柱を失って空中分解する。その功績を称えられてお前の父君は再びN派で重用され、場合によってはお前の不名誉な噂も解消されるかもしれん。一石二鳥とはこのことだが、これ以上なにを望む?」

「……現在の海商の責任者はベルント・ゲイラー、ゲイラー伯爵令息です。彼はO派ですが、オーム伯爵の罪という形で追及するにはもうひと頑張り必要かと」

「そうか。それは俺も考えておこう。しかし一石二鳥どころか三鳥にもなりそうな勢いだな」


 そうではない。私がお兄様に話したいのは、そういうことではない。

 宰相がほしいままにしている王国は、ノルバート様の祖国であり、またノルバート様が受け継ぐべきものだった。そう考えると、どれだけ理屈で理解してもついてこない感情がある。


「……お兄様は、ノルバート様がグライフ王国第一王子のノルベルト・ヒエロファントであるとご存知なのですよね?」

「ああ、知っている」


 ブラウンの双眸は書簡を見たまま動かなかった。まるで何も驚くべきことではないかのように、包み隠しもせず、ノルバート様が庶子だと言っても全く同じ反応をするかのような態度だった。


「……その上で、王国事情に踏み込むべきではないと?」

「その上で王国事情に踏み込むべきではない。あくまで俺にとってのノルバートは一臣下であって、任せているのは海商との保険契約だ。アイツが第一王子として王国をどうするつもりかは関知するところではない」


 素性を知って臣下として重用しながら、そんなことが有り得るか? 疑いの眼差しを向けても、ホルガーお兄様は知らん顔だ。

 そして、そうされてしまうと、私はこれ以上食い下がることができない。仕方なく、頭を下げて退室するほかなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] エレーナの気持ちも分からないではないけど、それはただの内政干渉ですからね。 あちらの宰相が帝国に侵略してくれば別でしょうけどね。
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