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アンネリーゼの首縄  作者: 澁澤まこと
第3章 イリーネ
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夜課の前に

「やはり。実は、さきほどイザベラ修道女とブリギッテ修道女にもお話を聞いたのですが、似たようなご返答でした。際立った善い行いがあるような方ではなかったのですね。二人の話によれば、むしろ逆であったと」

「まぁ、あの二人はそんなことまでお話したのですね……確かに、叱責の多い方でしたから、よく思わない修道女も多かったのです」

「あなたはそうではないと?」

「私は、どちらとも……ただ、イザベラなどは消えない傷が残ったといいますから、悪しざまに言ったとしても責めることはできませんね」


 どうやらイリーネはアンネリーゼに対しイザベラほど否定的ではないようだった。


「イリーネ修道女は、修道院長からそうした仕打ち(・・・・・・・)を受けたことはなかったのですか?」

「ないとは言いませんが……その、あまり外部の方にお話しすることでは……」


 ひどい仕打ちはあったにもかかわらず、直接自分の上に立つ修道院長と今日知り合ったばかりの修道士では、修道院長の方に軍配が上がるらしい。女性の感覚とはよくわからないものだ、とカイは思った。心を開かせるのは困難なようだ。


「失礼いたしました。しかし、そうした経験(・・・・・・)があって尚崇敬の念(・・・・)がまさるとは、やはり修道院長は凄い方だったのですね」


 そこで、攻め方を変えることにした。あえてアンネリーゼを持ち上げてみる。本当に尊敬していれば喜び、そうでなければ否定の言葉が出てくるだろう。


「凄い方……私には修道院長の器など測ることはできませんが、他の修道院の院長とくらべて傑物だったというわけではないと思います」


 イリーネは下がり気味の口角を上げることもなく、やんわりとカイの言葉を否定した。冷静に見えるイリーネの口からもそうであるということは、やはりアンネリーゼの聖性は評価しがたい。



「修道院長が亡くなった先、はじめに発見されたのですよね。よろしければ、その時のことを教えていただけませんか? 亡くなったのは10日前でしたっけ?」


 アンネリーゼの聖性に疑念があるとなると、ここから先は意図的に奇跡が工作されていないかを調べる必要がある。もしも偽の奇跡であることが証明できたなら、教会に改めて奇跡の検証を依頼する必要もない。


「はい、10日前、3月26日のことです……ただ、その時のことといっても、本当に院長は何のそぶりも見せられなかったのです。終課までは普通に参加していらっしゃいました」

「出席された最後の聖務が終課ということですね」

「はい。修道院長の訓示もいつも通りで、特に遺言めいたことはなかったと思います。しいて言えば、そうですね、明日の予定についての話などはなさらなかったように思いますが」

「なるほど。もう死を決意されていたからこそ、予定がなかったのかもしれませんね。そして、次の課のために呼びに行ったらもう亡くなっていたと」

「はい。呼びに行ったのは夜課の前のことです。少し早めにお部屋へ行ったのですが、ドアノブで首を吊っていらっしゃいました。思わず悲鳴をあげると、聞きつけたユッタがすぐに飛んできてくれました。二人がかりで床に下したのですが、もう息がなくて……」

「ということは、亡くなったのは26日の、1度目の睡眠の時間ということですね」

「はい」


 一日の聖務をきちんとすべて終えて、皆が寝静まる中ひっそりと命を絶つ。実に修道院長らしい最期といえた。


「あなたの悲鳴を聞きつけて、ユッタ修道女が来られたとのことですが、ほかの方はいらっしゃらなかったのですか?」

「ユッタが、自分が確認しに行くからみんなはベッドで待つようにと言ったそうです。曲者だったら危険なのでと……」

「勇敢な方ですね」

「はい。年長でもあるので、彼女のことは皆頼りにしています」


 イザベラも困ったことがあればユッタを頼るようにと言っていた。修道女たちの形成する小さな社会を理解するために、ユッタへの聞き込みは優先順位をあげるべきだろうとカイは思った。


「遺書が見つかったのは翌日でしたね」

「はい」

「あなたとユッタ修道女は、遺体と一緒に遺書は見なかったと?」

「遺体を見つけたときは気が動転してしまって、遺書がないか探そうかという発想は出てきませんでした。ユッタもそうだと思います。ただ、そうでなくても夜課の時間ですので、蝋燭の明かりで部屋を探すのは現実的ではなかったと思います」

「わざわざ探す、ということは遺書は遺体のそばにあったわけではないのですね?」

「机の上の書類の一番上にあったそうです。ジークリンデ副院長が見つけました。内容が内容なので騒ぎになりましたが、副院長の指示で遺書にあった通り遺体を薬草庫に移動したところ、3日たっても腐る気配がなくて……」

「そういえば、遺体はべトニーの香りがしていましたね。あなたが見つけた時から香っていたのですか?」

「はい……部屋に入ったときは、どうしてべトニーなんて焚いているのだろう、と思いました。まさか遺体から香っているなんて思いもしませんでした」

「なるほど……ありがとうございました。とりあえず、伺いたかったことは以上です。もしかすると後でまた出てくるかもしれませんが、その時はお声がけしてよろしいですか?」

「ええ、もちろん」


 イリーネの疲れ切った顔に笑顔が浮かんだ。カイにはそれが、ほとんど泣き顔のようにおもえたのだった。

> 夜課

夜中の2時ごろです


> 1度目の睡眠

修道院の生活では、睡眠は夜課の祈りを挟んで2回に分けてとっていました

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