憔悴
ブリギッテは仕事に戻っていき、カイは談話室でイザベラと、誰に話を聞くべきかの相談を始めた。
「修道院長の手紙にも出てきたカルラ修道女には是非とも、話を聞いてみたいところですが……」
「彼女のことは私も気になります。ですが、他の人とお話してからの方がいいかもしれません」
「どうしてです?」
「カルラは、なんというか……非常に気難しい性質なんです。手紙に自分の名前を出されて気が立っていることでしょうし、ブリギッテのことも目の敵にしているので、ブリギッテと話した直後に彼女のもとに向かうと、変に勘ぐられて聞き込みが上手くいかないかもしれません」
「なるほど……イザベラ修道女は、誰から始めたら良いと思われますか?」
「話しをしやすいのは、シャルロッテかイリーネでしょうか」
「イリーネ修道女……たしか修道院長の遺体を発見した方でしたね」
「はい。優しく、真面目な人です。快く応じてくれると思います」
「ではイリーネ修道女から始めましょう」
「私は同席いたしますか?」
「いえ、それには及びません。内部の方が同席していると、告白しにくいこともあるでしょうから。最初の紹介だけお願いいたします」
イザベラから紹介されたイリーネは、赤みがかった薄茶色の瞳に憂いを宿した、物静かな修道女であった。肌のきめは細かく年若いことがわかるが、骨の目立つ頬にはあまり血の気がなく、唇もかさついている。虚弱な体質なのか、あるいは体力を奪われるような事態に見舞われているのか。
「あの、私に何か御用でしょうか」
「いえ、あなたにというよりは、皆さんにお話を聞いて回っているのです」
カイの返答に、イリーネは少しほっとしたような顔をした。
「お顔色がすぐれないようですが、お悩み事でも?」
「すみません、ここのところよく眠れなくて。お聞き及びかもしれませんが、アンネリーゼ院長が亡くなったとき、見つけたのは私なのです。とても恐ろしくて……」
「私が拝見した亡骸はとてもきれいな状態でしたが、発見されたときはそうではなかったのですか?」
「お顔は穏やかなものでした。しかし、死とはそれ自体が恐ろしいものです。つい先刻まで元気に歩かれてた方が亡くなったのですよ? 何より、ご自分でご自分の命を絶つなどという決心をされてしまったのだという事実が、私にはとても恐ろしかった……」
「なるほど、それは確かに、心中お察ししたします」
「それに加えて、さっきのお話です。院長が命を賭してまで戦ったのに、悪魔は未だ祓われていないという……この修道院はどうなってしまうのでしょう?」
眉根を寄せて泣きそうな顔をするイリーネは頼りなげで、今にも消えてしまいそうな儚さを感じさせる。神経が相当衰弱しているようだった。
「実は、私はそのことでも、皆様にご協力をしようと思っているのです」
そこで、カイはブリギッテから頼まれたことを早々に打ち明けることにした。この修道女を悩ませる恐怖は、修道院長の死そのものよりも、悪魔の方にありそうだと踏んだからである。
「協力、ですか?」
「私は悪魔に悩まされている方を見つけて、悪魔祓いの手伝いをしようと思っているのです。修道院に悪魔が出たとなれば外聞は悪いですが、父修道院からの要請となれば有耶無耶にはできないでしょう。教会に取り合ってしかるべき処置を受けることができるはずです」
「まぁ、そういうことだったのですね。ありがとうございます……少し希望が持てたような気がいたします」
「ですが、まずは修道院長の死の状況を確認しなくてはいけません。どんなお人だったのですか?」
「どう、と言われましても……」
「彼女の遺体は腐っていません。不朽体とは主の恩寵です。しかし、恩寵が与えられるような予兆や、ふさわしい生前の行いなどはあったのですか?」
イリーネは躊躇いがちに、何度か口をぱくぱくとさせていたが、やがて大きなため息をついた。
「生前の行いといわれると困ってしまいますが、やはり悪魔祓いではないでしょうか? 悪魔が相手とは言え、自らの命を投げ出すなどなかなかできることではありません」
「であれば、あなたは悪魔が祓われたとお考えなので?」
「さっきまではそう思っていたのです……ですが、今は混乱しています。ブリギッテはいい加減なことをいうような人ではありません……彼女が祓われていないというのなら、そうなのではという気がしてしまいます」
「なるほど。つまり、遺体が腐らないことは悪魔祓いがなされた証に思えるが、ブリギッテ修道女のいうことが間違っているとも思えず、その矛盾に混乱している、ということですね」
これはカイも気になっていたことだった。修道女たちのアンネリーゼに対する証言が正しいのなら、悪魔祓いと幻視のどちらかは間違っていることになる。遺体が腐らないことを思えば、疑うべきは幻視ということになるが、イザベラからアンネリーゼの聖性について疑問の声が上がったのは今回の幻視より前の話だ。
「悪魔祓い以外には、思い浮かぶことは何かありませんか? 善行を積まれていただとか」
「さぁ……修道院長というお立場にあった方でしたから、もちろん敬虔な方だったのだろうと思います。特に規律には厳しいお方でした。ですが、それが主に見出されるかといわれると、世の修道院長はすべて不朽体になってしまうような気がいたします……」
そう答えるイリーネの憔悴しきった横顔に、カイは嘘の匂いを嗅ぎ分けることはできなかった。




