悪魔憑き探し
ブリギッテの神秘的な瞳が真っ直ぐにカイの両目を見据える。ほとんど金色に燃える琥珀が情熱を、それを縁どる冷たい灰色が知性を湛え、カイは目をそらすことができないままただ頭を搔いていた。
「私は司祭ではありません。悪魔祓いの知識があるわけでもない、ただの修道士ですよ? 悪魔の取り付いた人間を探せと言われましても……」
修道士が悪魔を退けたという話はないこともないが、やはりカイには自分が悪魔祓いの現場に立つことの現実感がない。何故、自分はこんなにも面倒事ばかり押し付けられるのだろう……その答えはこの年になっても容易に出るものではなかった。
「もちろん承知しております。ですがお願いです。先程申し上げた通り、私の言葉は過度に尊重されたり、反対に嫌われたりします。私が問いかければ、ある人には然りが否になり、ある人には否が然りになる可能性があるのです。それに、幻視という祝福を受けている者を悪魔は遠ざけようとするでしょう。そもそも会話ができないかもしれません」
「たしかに、ブリギッテ修道女の前で他の皆さんが正直に答えられるかは疑問ですが……」
「私だけではなく、この修道院の中の者では駄目なのです。カイ修道士、父修道院の修道士様であるあなたであれば、皆、少なくとも話には応じるでしょう。何も悪魔祓いをお願いするのではありません。ただ、アンネリーゼ院長の聖性について聞き込みをするついでに、思い悩む仲間を探し出してほしいというだけ……様子がおかしい人がいればそっと教えてくださるだけで結構です。結果、見つからなかったならそれで私も諦めますから」
カイは逡巡ののち、渋々頷いた。見つからなくても良いというのなら、あえて断るのは無理がある。
ブリギッテとイザベラは顔を見合わせて頬を緩ませると、手を取り合って喜んで見せた。
「あまり期待しないでください。状況を把握するだけでも手一杯なのです」
苦笑するカイに、ブリギッテは目を伏せて応える。
「シャルロッテ、イリーネ、レオナ、カルラ、ダニエラ」
「……はい?」
「先程私が『悪魔がいるのなら、皆で退けましょう』と言ったとき、おかしな反応を見せた者たちです」
「なんと」
「ちょっとした手がかりにすぎませんが、修道女全員の話を聞くことはできないでしょうから」
それは先程カイも気になっていたことだった。怯えや狼狽といった、通常ではこの言葉から引き出されない反応を見せた者たちがいたが、その名前を把握出来たことはこの先の調査に役立つ……そんなことを考えて、カイは早くも自分がブリギッテの依頼に前向きに取り組もうとしていることを知り、苦笑を深めた。どうも婦人相手だと、気づかぬうちに調子が狂うようだ。
「そういえば、悪魔が取り付いていないか、幻視で知ることはできないのですか? 候補の名前までわかっているのなら、ご自分で調べられた方が……」
「残念ながら、幻視は与えられるもので、自分の意志で見ることはできないのです。もちろん、ある種の霊感はありますので、集中してみれば悪魔の所在もわかるかもしれません。しかし、私に肯定的な人が悪魔に悩んでいるのなら、既に私に相談に来ているはずです。現時点で私が聞いていないということは、そうではないということ。否定的な人に順に霊視をさせろと回っては、また派閥を作ろうとしているとか、あらぬ疑いを掛けられて終わってしまいます」
「なるほど、それはこの人だと大方わかってからご報告した方がよさそうですね。ちなみに、特定できた後は、悪魔祓いは……」
「私にそんな力があるのなら、幻視で悪魔を見た際に祓えたはずです。ですので私にできることは共に祈るのみですが、誰かがわかれば彼女を教会に引っ張って行こうと思っております」
祝福された乙女であっても、与えられた力はそう便利なものではないらしい。だが、一人で思い悩んでいるよりも、他人に連れて行ってもらった方が教会にもいきやすい、ということはあるかもしれない。少なくとも、ブリギッテは今回の悪魔憑き探しを丸投げするつもりではなさそうだし、ブリギッテに心酔するイザベラも同様だ。おかげでカイは余計な仕事が増えたことを、そこまで嘆く気にならなかった。
「人柄や、普段の言動など、先程名前を挙げた者たちの詳細についてはイザベラ修道女の方が詳しいでしょう。でも、何かあればいつでもおっしゃってください。私はたいてい、写字室か回廊におります」
「わかりました。気になることがあればお声かけしますね」
「それもそうですが……危険を感じた場合はすぐに教えてください。悪魔は祓われることを嫌がるはず。憑かれた友を探す上で、何か攻撃がないとも限りません」
ブリギッテの暗い表情に、カイは思わず唾を飲み込んだ。言われてみれば、悪魔が黙って祓われるのを待つとは思えない。
「申し訳ございません。本当は、巻き込みたくはないのです。しかし、この修道院の中で解決できることにはどうしても思えなくて。御身の安全をいつも祈ります」
ブリギッテは手を合わせ、深く頭を下げた。イザベラもそれに倣う。
「顔を上げてください。お仲間が心配なのは当然です。私もできる限りお手伝いしますよ」
気づくとカイはそんな言葉を発していた。二人の修道女の悲壮な顔を見て、この修道院にきてから初めて胸の内に使命感が燃えるのを感じたのである。




