リセット
......少年は顔に風を受けながら高層ビルの屋上に立った。
彼は誓い、願った。
もしも次に目を覚ますことがあったら自分だけを愛し、慈しむと。
次がなくてもせめて、この真っ暗な人生の最期に少しでも安らぎがあるようにと。
(まあ来世があったらだけど......。)
そう思い、軽く口の端を歪める。
何もかも諦めたように地上を見下ろす、暗く痩せて落ち窪んだ目とは裏腹に顔に清々しい笑顔を浮かべて。
****
その少年は虐げられていた。母親に、周りの人達に、クラスメイト達に。
父親は幼い頃に借金を残して死に、母親は育児と貧困のストレスで我が子に強く当たる。そんな本人は家の事情を知っているために抵抗はせず、徐々に受け身で気弱い性格が形作られていった。
人間と言うものは残酷な生き物で、多くの場合、弱者は何か圧倒するための武器を持たない限り虐げられる。
少年も同じく武器を持たないがゆえに虐げられ、今や抑圧されることに馴れつつある日々を過ごしていた。
しかし無意識下の自己防衛本能はエスカレートする.
外部の抑圧に、知らないうちに肥大化、現実を否定し始めた。
「死んでしまえばなにも感じないですむのかな。」
ついにダムは決壊し、馴れに押さえ込まれていた本能は意識に滲み出て、現状を打破し自我を守る方法を強く求めた。
そして出た結論はどうしようもない人生全てのリセット。自己の否定。少年は既に壊れていた。
それは自分を苦しみから逃がす、一種の自己愛でもあった。
****
「もし次に目が覚めたときは、他の誰でもない、自分だけを守ろう」
そう口に出して少年はリセットへの一歩を踏み出す。
さようなら、過去の僕。
(ようやく......逃げ――――)
ゴッ。ビチャァァァァァァ。
月明かりに照らされて浮かび上がる紅い死体。
そして時は逆行する