八十二話 答え合わせ
「失礼します」
相模川さんを家の中へ招き入れる。どうやら、お仕事モードのようだ。僕らは机を挟んで座る。
「で、話って?」
「はい」
彼女はいつのまにか持ってきていた鞄の中からファイルを取り出した。
「先日、USJにて私は少々あなたに迫ったわけですが」
「は、はい」
そのことか……一体なにを言われるんだろう……
「今週一週間あなたを観察させていただきましたが……頭の中は整理できましたか?」
「え?いや……」
多分、逃げるだのなんだのの話だと思うけど、ずっと頭の中にはあるものの、"わからない"で終わっている。
「そうですか。では、次」
相模川さんは、机の上に出しているファイルを僕に見えないように傾けて持ち、開いた。
「中学生の時に」
…………ちょーっと聞きたくないな、克服したとはいえ。
そんな僕の気持ちを察したのか、彼女はさらに畳みかけてくる。
「あなた、クラスメイトに罵倒されてフラれているわけですが」
「やめろぉぃ!」
「うるさい」
「すみません」
「…………そして、今あなたはお嬢様––––白撫まどかともう一人、小鳥遊 奈夢から好意を寄せられているわけです」
「え、あ、はい……?」
可能性はなきにしもあらずと思ってたけど、面と向かって言われると恥ずかしいな……
「そして、彼女らはあなたのお母様とつながりを持ちましたね?」
「そ、そうだね」
「これによりあなたは彼女らのどちらかと交際ことが確定したようなものですが」
「い、いや、そうとは限らないでしょ」
「…………ほら」
ファイルを置いた相模川さんはまっすぐこちらを見つめた。
「もう一度、どうぞ?」
「だから、そうとは限らないって」
「自分で聞いてどうお思いで?」
「別に、変なところはない、と思うけど」
ただ普通に考えて思ったことを言っただけだ。
「そうですか…………そういうところです」
「へ?」
相模川さんは呆れたように、怒っているようにして続けた。
「そういうところを逃げていると言ったんです」
「…………それは、どういう」
全くわからない。彼女の言っていることが。
すると、なにを思ったのか立ち上がってこちら側へ移動した。そして。
「………………おらー!わからんかー!『そうとは限らない』とか『わからない』とか言って二人の気持ちから逃げるなって言ってんだー!」
「ぐえっ」
チョークスリーパーされた!あれ?プロレスの技ってされたでいいのか?かけられたの方が正しえ!?ってちょ、ま、死ぬっ!
「おら、おらあっ!」
「ちょ、た、たんま……」
「あ、ごめん」
解放された僕は、目一杯に空気を吸い込む。
「はぁ、はぁ」
「え、なになんで息荒いの?首絞められて興奮してるの?隣にまどかいるから行ってきたら?あ、言いにくいなら私からそういうのが好みだって伝えとくよ?」
「なに言ってんだこいつ」
『未亜ちゃん』になった相模川さんがよくわからないことを口走る。
「ま、それは置いといて」
「置くな」
「わかった?」
僕の右肩から首を出し、彼女はにこりと微笑んだ。が、すぐに表情をこわばらせる。
「えっと……」
「は〜っ、まだわかんないのか!じゃあもう言っちゃうけどね!まどか、良夜が教室で小鳥遊さんといちゃついてる時すんごい顔して見てるんだよ!?USJ行った時も頑張ってたのになんだよデレデレしちゃってさ!」
「ゔ」
「私はまどかを応援してるけど、小鳥遊さんもめちゃめちゃアピールしてるよ、流石にわかるよね?それなのに、二人が頑張ってるのになんなの良夜は!」
正直言って、ピンポイントで痛いところを突かれているという感じだ。
「ちょーっと過去に嫌なことがあったからって微妙に距離取っちゃってさ!お前だけだぞ逃げてるのはっ!」
確かに、そうかもしれない。というより、そうだ。短い間だったかもしれないけどずっと、怖いからって理由で逃げていた。相手の気持ちも考えずに。
白撫さんの気持ちがより明確になっただろうこの二週間、僕は無意識に避けたり、目を逸らしたりしてた。
小鳥遊さんも忘れられて悲しかったかもしれないのに、僕に『いちから始めればいい』なんて言って仲良くしようとしてくれてた。
それなのに、逃げるのは違うよな。
「…………ごめん」
「わかったらいいんだよ」
一言言うと、相模川さんは立ち上がり、荷物を持った。
「まあ、こちら側としてはお嬢様と交際していただかなければ困るのですがっ!」
お仕事モード、普段のテンション、どちらでもないようでどっちでもあるようなその口調で、彼女は言った。
「じゃ、帰りますね」
「あ、うん」
…………これだけは、伝えとかないとな。
靴を履くその背中を見ながら、そう思った。
「ありがと…………さがみん」
「…………どういたしましてっ!」
ドアの向こうへ歩き出そうとした相模川さんは、くるりと翻って。
「これからもその呼び方で!」
「それは無理かな!」
「けち!……じゃ、おやすみぃ!」
「うん、おやすみ」
そう言って、見送った。
「…………逃げない、といってもなぁ」
正面から向き合おうとは思った。でも、どちらかを選ぶとなると、それこそわからない。
「…………じぃ〜……」
「ん?」
「じぃ〜〜〜!!」
「な、なにかな白撫さん?」
いつのまにか白撫さんは自身の部屋のドアの隙間からこちらを見ていた。
「私抜きで密会ですかなんですか」
「え、いや、別にそういうわけじゃ」
「あーもーいいですおやすみなさい!」
ばたんっ!と派手な音を立ててドアが閉まる。
「ちょ、白撫さん?白撫さーん!?」
それから時間をかけてなんとか機嫌を直してもらったものの『私とも二人きりで夜の密会をしてください』と言われてしまった。いや、いつも二人で勉強してるじゃん……




