六十四話 見られてはいけないものを、見られたくないものを
時刻は午前十一時頃。お店を出た僕達は、少し距離のあるジェットコースターのうち一番近いところへ向かっていた。
理由としては、小鳥遊さんが「ご飯食べた後にジェットコースターってキツいと思う」と言ったからだ。多分この言葉がなかったら数時間後僕はUSJと小鳥遊さんに多大な迷惑をかけていただろう。ちなみに、そうで無くても僕はジェットコースターにはなりたくないんだけどね!
「りょーくん、手」
「あぁ、はい」
小鳥遊さんにそう求められ、僕は自然と手を差し出した。どうやら、たった数十分……大体一時間ぴったりとくっついていただけで、手だけであれば小鳥遊さんに触れるのに抵抗がなくなったらしい。我ながらすごい適応能力だ。一歩間違えればただの犯罪者だけどね。
「あ!あれかな?」
少し歩くと、小鳥遊さんが遠くを指差してそう言った。
「…………そうみたいだね」
僕は地図を見て場所を照らし合わせる。
「じゃあ行こっ!」
小鳥遊さん、走り出すだろうな。そう思い、僕も走りだす。その事が不思議だったのか、小鳥遊さんは僕の方を振り返った。
「………………えへへ」
そして、にへらっと笑った。
僕はなんだか恥ずかしくなり、頬をぽりぽりとかく。え、なにこれもう絶対やんない。
走っていくと、近くなるにつれてだんだんと列が見え始め、その人気さを僕らに伝えた。
「…………並ぼうか」
「うん!」
パネルを見ると、一時間半待ちと書かれている。まあ、妥当な時間だろう。
でも、今回も待ち時間で退屈することはなかった。
「そうだりょーくん」
「ん?」
小鳥遊さんは強気な笑顔を見せて、僕の手を握り直した。
「今度りょーくんち行くね!」
「ごめん色々あって却下」
当たり前でしょ。僕の部屋にはラノベやらアニメやらグッズがあるし(今は収納してあるけど)もしかしたら小鳥遊さんが演じているキャラクターもあるかもしれない。僕も声優にはあまり詳しくないし小鳥遊さんはどうやら声優業よりモデルの方に重きを置いているようであまり出演はしていないから可能性は低いだろうけど。
「わかった!じゃあ明日行くね!」
「ごめんどうやら僕らは共通の言語を使ってないみたいだ小鳥遊さんの言っていることがさっぱりわからないよ」
「ぶー……いじわる」
と、言われてもなぁ……なんて言ったらいいんだろ……
「ゲストさんお写真いかがですかー?」
ヘイナイスタイミングキャストさん君才能あるね!
頭の中で絶賛しつつ、僕はスマホを取り出した。
「撮ってもらおうか」
「うん!あれ背景にしよ!」
そう言って、小鳥遊さんは大きなお城に背を向けた。
「はーいじゃあとりますねー」
僕がピースすると、小鳥遊さんは僕の肩に頭を乗せてきた。うーん距離が近い!
心の中では激しく動揺しつつ、表面では平静を装う。
「最も小さい素数はー?」
えっ!?
「にー!」
ねえなんで小鳥遊さんはあの掛け声に疑問を持たずにノータイムで答えられるの?
「あー彼氏さんちゃんと笑ってくださいねー?もう一枚行きますよー!」
今の僕が悪いのか…………次はいけるかな、一回聞いたし。
「ルート16を2で割るとー?」
え?
「にー!」
いや暗算速いな!
「彼氏さん?またお顔が固くなってますよー?」
誰のせいだと思ってんだよ!
「もー、りょーくんしっかりしてよねー!」
「次も『にー!』って言えばいいですからね!」
「はーい!」
「はい……」
元気に返事をした小鳥遊さんとは対照的に、僕はかすかすになった声で応える。すると、小鳥遊さんは僕の方を見て、「……無理させてるかな?」と悲しそうに言った…………ええいこうなりゃヤケだ!
「ぜんっぜんいけるよ!」
「お!いいですねー!じゃあいきますよー!」
なーにがいいですねだ!
「あなたの髪の毛の本数はー?」
『にーっ!』
が、キャストさんはシャッターは切らなかった。
…………って、ん?小鳥遊さんの髪、二本?
「「ブフッ」」
小鳥遊さんも僕で想像したんだろう、僕らは同時に吹き出した。
「いただきいっ!」
その瞬間、シャッター音が聞こえる。
「いい笑顔が撮れましたよー!」
あのキャストさん、やってくれたな……!
「じゃあ、普通にも一枚撮っておきます?」
「お、お願いしまーす!」
未だぷるぷる震えている小鳥遊さんが、右手を上げて言った。
「はい、いきますよー!いちたすいちはー?」
お、これは普通みたいだ。
『にー!』
カシャッ。
「はい、どうぞー!」
僕はスマホを返してもらい、カバンにしまう。
「ありがとうございます…………次来た時は騙されないですからね?」
「はい、お待ちしております!」
「! りょーくん、また一緒に来てくれるの!?嬉しいなっ!」
「あっ…………ははは…………」
やっべえとりあえず笑っとこ。
それから時間が経ち、ジェットコースターは僕らの番になった。やっと、という感情とともに来てしまった……とも思った。だってさ、あんな怖そうなの誰も乗りたくないでしょ!
頭の中では現実逃避しつつ、シートに座り、ガチッと安全装置をつける。
がたがた……と、ライドが進み始めた。だんだんと高度が上がるとともに、景色が良くなってくる。まあ、見ている余裕なんて無いんだけど。
「ねぇ……りょーくん」
小鳥遊さんがぽつぽつと喋り出した。
「これ、世界最速なんだって……レールから外れちゃうかもね?」
「いや怖っ!今そんなこと言わないでよ!」
「そうそう、これは都市伝説なんだけどね……?今りょーくんが座ってる位置って、今までの事故で一番死者が多かったみたいで、霊媒師たちは強い霊が憑いてるって言ってるらしいよ…………」
「ねえやめて小鳥遊さん!」
「ねえりょーくん」
「今度はなにかな!?」
「私……このアトラクションから無事に生きて帰れたら、故郷で待ってるアイツと結婚するんだ…………」
「それ死亡フラグって言うんだけど知ってて言ってるんだよね!?怖いよマジで!」
そうしてついに、ジェットコースターは最も高い位置に到着し、下りだす瞬間––––––––小鳥遊さんは言った。
「まっ、全部ウソなんだけどねっ☆」
「こんちくしょおおおおおおぉぉぉぉ‼︎‼︎」
僕の叫びがこだました。知ってたけどねっ!
「もう嫌だ……あんなもの、絶対乗らない……うえっ…………」
「ごっごめんねりょーくん…………ちょっとやりすぎちゃった……」
「いや、大丈夫だから…………」
今は、ジェットコースターから降りてベンチで休んでいる最中だ。ここは直ぐ近くにトイレがあり、少し深めのくぼみになっているため周りから見られにくく、色々上がってきてもすぐ対処できるようトイレまで直線でいける。もしベンチで問題が起きても不用意に人に不快感を与えることはない。
「…………ほんとに具合悪そうだよ?」
「大丈夫…………ちょっとすれば治ると思うから……うっぷ」
心配そうにしている小鳥遊さんに申し訳ないと思いつつ、僕はどうにか吐き気を抑える。
「そうだ」
すると、小鳥遊さんはなにを思ったのか僕から少し離れてふとももをとんとんと叩いた。
「おいで?横になったほうが楽だと思うから」
「いやそれは流石に」
「…………おいで」
その有無を言わさぬ声色に、僕は大人しく小鳥遊さんのふとももに頭を乗せた。
「大丈夫だよ。ここ、周りからあんまり見られなさそうだから」
「そ、そっか」
そんなことより、僕は柔らかいふとももに気を取られるんだけど…………直だし。
「よしよし」
小鳥遊さんが優しく僕の髪を撫でた。その時に、ふと「なぜ」と言う言葉が浮かんだ。僕は、目を閉じたままそれを聞いた。
「小鳥遊さん」
「なぁに?」
「なんで、ここまでしてくれるの?」
「…………」
「僕は覚えてないんだけど、前にあったことあるんだよね?その時の僕は、そんなにいい奴だったの?」
「…………付き合ってくれるなら教えてあげる」
「それは…………ちょっと難しいかもしれない」
「じゃあだめー」
小鳥遊さんは、心底楽しそうにそう言った。
「また今度、教えてあげる」
「…………分かった」
僕は以前目を瞑ったまま、その言葉を聞いた。
「………………ん?」
気分を早く回復させようと思ったところ、なにやらこつこつと響く足音が聞こえてきた。誰かトイレに行くのだろう。流石に、見られるのはまずいかな。
「小鳥遊さん、ちょっと」
「あ、うん」
そうして僕がのっそりと身体を起こそうとしたところで、目があった。
「……………………ぁ」




