鉱山都市のシスター(5)
お茶会の部屋を出て祭壇の間に戻ると、なんとお迎えがきていた。
薄暗い教会でも目立つ金の髪。椅子に腰掛け、前の椅子の背もたれにヒジを突いて。お行儀の悪い格好だ。長い足をだらんと前に投げ出している。
彼はあたしに気づいて顔を上げた。
が、その表情は一瞬で強ばった。
「あら~、ルースじゃないの。久しぶりぃ~」
ザイオンさんがクネクネしながら手を振ったから。
そういえば、知り合いって言ってたっけ。
「なっ、お前、あれからどうやってここに……つかなんだその格好……」
「んふふ、今のアタシはね、この鉱山都市ロヴァニエミの頼れるシスターさんよ!」
「どの口で言いやがんですか」
「あらあら、感動の再会を喜んでくれてもいいんじゃない? 麗しの乙女との3年ぶりの再会なのよ!」
否定の言葉を続けようとしたリーダーだったが、口をもごもごさせた後、諦めたようにため息をついた。
「……まあ、無事で何よりだ」
「あら、思ったより素直ねえ。昔はもっと生意気だったわよ?」
「丸くなる程度にはいろいろあったんだよ」
疲れきった表情のリーダーは、あたしに向かって、帰るぞとジェスチャーした。
え、でもレンミッキさんと一緒に来たのに。
「あら、私には歌姫様の帰り道をエスコートさせてくださらないの?」
レンミッキさんが肩をすくめた。
リーダーは一度、無の表情に戻ってしばらくレンミッキさんを見つめた後、わざとらしいほどにっこりと微笑んだ。
本当に映画のポスターみたいな笑顔だった。こんなリーダー、初めて見たよ!
「少し、話したいことがあるので、歌姫をお借りしたいのです。歌姫もそうですが、貴方のエスコートが出来ない事は残念ですが」
「まあ」
まるで紳士のような言葉に、レンミッキさんはくすりと笑う。
でも、あたしは動揺した。女の人を口説くリーダーが、あまりにもらしくなさすぎて!
最も、容姿が容姿だからぴったり型にはまっているのだけれど。
あたしの後ろにいた司祭様も、ほうっとため息をもらした。
「仕方ないわね。私は先に帰って部屋を掃除しておくわ。リーネットちゃんは、彼と一緒に帰ってくるといいわ」
レンミッキさんがそう言ってくれたので、あたしはリーダーの方へ駆け寄った。
けれど、ハッと気づいて引き返す。
そして、ザイオンさんに近づくと、ひそひそと呟いた。
「あの、実はあたし、リーダーに何かプレゼントしたいんです。いつも、もらってばかりだし、助けてもらってばかりだから、たまには、あたしが何かあげたい。だから、今度相談に乗ってくれませんか?」
そう言うと、ザイオンさんはさらにクネクネした。
健気ね~、可愛いわね~、きっとルースもメロメロなんでしょ、なんて。
「別にリーダーはあたしの事なんて何とも思ってないですよ。リーダーはとっても優しいけど、クーちゃんにも甘いし、きっと誰にだって優しいもん」
言いながら、切なくなる。
ザイオンさんは、額に手を当ててふらりとよろけた。
「可愛くて健気で、さらにはヤキモチまでやくなんて……何なの、この可愛い生き物は……さらってもいいかしら? 少しくらいいいわよね?!」
なんだか不穏な言葉を叫びながら。
リーダーが助けに入ってくれるまで、あたしはザイオンさんに思う存分、愛でられていた。
でも、残念だけど、あたし健気でも何でもないよ。
何しろ、あたしの道具を夜なべして作ってくれるリーダーの横で爆睡するくらいだからね! 宝石を山ごと欲しがったこともあったしね!
教会を出ると、日が落ちたばかりのひんやりした空気があたりを満たしていた。
グーリュネンと同じ、街灯に火をつけて回る子供が走り回っている。暗闇にぼんやりと光る街灯はとても幻想的で、あたしは思わずその光景をカメラに納めていた。
あたしが足を止めると、リーダーも立ち止まってくれる。あたしと同じ速度で歩いてくれる。
今日は、急げって言わないんだな。
不思議に思ってリーダーを見たけれど、いつもの通りの少し不機嫌そうな表情だった。
さっき、レンミッキさんに見せた笑顔は何だったのか。
でも、そう言えば、リーダーがララさん以外の女性と話しているのを見るのは、初めてかもしれない。もしかすると、割とあっちの態度が普通なのかなあ。あたしに対する態度が変なのかなあ。
相棒のクーちゃんの身内だから?
「少し遠回りして帰るぞ」
「何で?」
「ヤツらが声をかけやすいように、だ」
どういう意味だろう?
首を傾げるあたしにかまわず、リーダーは国営ギルドと反対方向へ歩きだした。
夜の商店街では、酒場の中から明るい笑い声と明かりが漏れている。家路につく人々が少し早足で過ぎていき、今晩の店を探す集団はのんびりと道に広がって歩く。雑音とまではいかない、人混みの音に包まれた。
それを待っていたかのように、リーダーが小さな声であたしに告げる。
「王政復古を企んでる組織の目星がついた」
「えっ?」
「中心となって動いているのはここ、ロヴァニエミの元領主であるキーリンダ家。当主を中心に一家親戚、全員が反共和国政府の者ばかりだ」
あたしが驚いていると、リーダーはさらに続けた。
「すでにキーリンダ家は動き出している。前の町であの馬鹿な宝石泥棒が言っただろう。領主が光術師を集めている、と。だから、俺が無所属の光術師を装って、そういう仕事を探せばすぐにでてくるっつー話ですよ。無論、ギルド責任者のルノも予測はしてはいたが、証拠を押さえられなかったらしい」
国営ギルドでも囮を使う方法は試したらしいが、うまくいかなかったという。
じゃあ、何でリーダーには出来たんだろう? やっぱり、国営ギルドの人は顔とか所属を知られているから?
「そもそもキーリンダ家は、ユハンヌス=ルース王家と関係が深い。というのも、先代王の第一婦人がキーリンダ家の出身だからだ。つまりは、最後の王となったヴァル・ユハンヌス=ルースの母親に当たるな。そのため、今も彼らは処刑を逃れた王家の者を秘密裏に匿っている」
リーダーは淡々と告げた。
雑踏の音に紛れて、あたしにしか聞こえないように。
「王家、って、3年前になくなったユハンヌス=ルース王国の?」
「ああ」
そこでリーダーは、ちらりと後ろを気にした。
「彼らは王家の復活を願っている。その最初の王とするのは……『メリィ・ユハンヌス=ルース』――最後の王『ヴァル・ユハンヌス=ルース』の一人娘だ」
王の娘。つまりは、お姫様。
政変で西に逃れ、祖母の実家に匿われた某国の王女が、王国の再建を願う。
ごくごく当たり前の図式の思えた。
「さあ来たぜ。これだけ分かりやすく歌姫様を目の前にぶら下げてやったんだ。せいぜい引っかかりやがれ」
くっくっく、と悪い顔して笑うリーダー。
ていうか、あたしはエサですか? 話があるって言いながら、敵をおびき出す予定だったんですか? あたしを歌姫として前面に押し出すのは、こうやって囮に使うためですか?
「俺から離れるなよ、リーネット。前みたいにさらわれたら元も子もねーですよ」
リーダーは、わざと少し人の少ない路地に入った。
街灯の間隔が広く、人の気配もないため静まり返っている。一歩、大通りにでればこんなにも明るくてにぎやかなのに。
数歩のところで、あたしも気づいた。
背中がかゆいような感覚がある。これはきっと、どこかから見られている。
「誰か見てる」
不安になってリーダーの袖をつかんだ。
「……お前やっぱり、光素に対する感受性がバカ高いな。訓練もしてねーのに、この視線に気づくか、普通」
驚いたような、呆れたようなリーダーの声。
なんて呑気なんだろう。
「勝手に人をエサなんかにしてさ。また怖い目にあったら、リーダーのせいだからね?」
「あ? 俺がいるのに、お前を捕られるわけねーだろ。それに、クォントも見張ってるから大丈夫だ」
「クーちゃんも?」
「ああ。朝からずっとお前にべったりだ。気づかなかったか?」
「知らないよ……」
「教会の奥の部屋でずっと話してたんだろ。そろそろ終わりそうだっつー連絡してきたから、聞こえる距離にいたんじゃねーですか?」
気づかなかったよ……だってあの部屋、密室だったのに。窓の外か、屋根裏か……クーちゃんは忍者か。忍者なのですか。
はっ、もしかして今も、どこかに……?
きょろきょろと見渡すあたしの目に入ってきたのは、クーちゃんではなく、知らない人影。
「初めまして、〈紡ぎの歌姫様〉。少しお話しさせていただけませんか?」
「初めまして、歌姫様。私たちのお話、聞いていただけませんか?」
宝石で装飾された鎧をまとった男女だった。




