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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第二章 異海の玩具
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鉱山都市のシスター(1)

「うわぁ……」

 思わず口を開けて、見上げてしまった。

 押し迫るような岩の壁が目の前に迫っていた。

 まるで山の半分をえぐり出すように丸くくり抜かれ、岩壁に這うように家が張り付けられている。そこかしこからもうもうと黒煙が立ち上り、町全体から機械の音がする。

 これまでの町と違い、周囲に鉄線が張り巡らされているのは、町を守るためなのだろうか。

 グーリュネンもかなり大きな町だったが、こことは規模が違う。

 鉱山都市『ロヴァニエミ』。

 西で最も大きな都『オウル』にほど近い場所にあるこの町は、数万の人口を抱えているという。その人々のほとんどが鉄鋼石関連の仕事に就いている。例えば、採鉱、選鉱、製鉄、輸送。いくらでも仕事はあるだろう。

 グーリュネンは商業都市だった。外からやってきた人たちが町の人たちと交流する、活気ある町だ。

 ここ鉱山都市ロヴァニエミは、町に住む人が皆、自らの仕事に誇りを持って働く、内に向かうようなエネルギーに溢れた都市だ。まるで、町自体が生きているかのよう。

 町の中に入ると、左右から圧迫するエネルギーが押し寄せてきた。

 岩壁に建てられた粗末な家、それを覆うトタンの屋根。ツタが這うように鉄パイプが縦横無尽に走り、家と家を繋いでいる。

 雨が少ないせいで埃っぽい空気に満たされている。

 喉の乾燥を防ごうとケープについた覆い布で口元を隠しながら、あたしはぽつりと呟いた。

「何だか、これまで見てきた町と全然違う……」

「こっちの方が普通だよ。りー姉がこれまで見てきたのが田舎だっただけ」

 そういえば、この町はハーヴァンレヘティ共和国の西側では最大の都市オウルにとても近いと言っていた。都会に近い町なんだな。

「ここで採れた鉄鋼は、オウルに集約されて東側に輸送されるんだ。穀物と一緒にね」

「輸送……って、どうやって?」

 あたしが知るこの世界の移動手段はカウニスだけだ。だからぼんやりと、カウニスが連れだって大山脈を越えていくキャラバンのような光景を思い浮かべた。

 そう問うと、クーちゃんは一瞬首を傾げた後、ぽん、と手を打った。

「ああ、そうか。りー姉はまだ見たことないんだったね。ずっと田舎にいたから」

「?」

「船があんだよ。異海を渡る船」

「あれはすごいよねえ。オレも初めて見たときは〈銀河鉄道〉みたいだって思ったもん」

 船? 銀河鉄道? 異海を渡る?

 あたしには何もわからない。

 ただ、キャラバンでない事だけは確かだ。

「銀河鉄道って事は機関車なの? それとも、船なの?」

「うーん、難しいなあ。異海をわたる機関車って感じかなあ。見たらわかるよ。っていうか、見ないと信じられないと思うよ。だから、見た時のお楽しみ!」

 弟が珍しく説明を諦めたところで、ちょうどロヴァニエミの国営ギルドにたどり着いた。


 グーリュネンの国営ギルドとよく似た、鉄骨を組んだ四つ足の建物。ブリキのような金属で作られた上に、トタンを曲げて張った丸い屋根。最上階がガラス張りになっているのも同じようだ。

 グーリュネンでは周囲とあまり合わないデザインだな、と思っていたけど、この町ではあたりに溶け込んでいた。木造よりブリキやトタンが目立つ町並み。これがハーヴァンレヘティ共和国の本来の姿なんだろう。

 なるほど、こっちが普通なんだね。

 ブリキ製の扉を押して中に入るとすぐに受付があった。

 クーラーで涼しいのは一緒だけど、グーリュネンみたいに町の人たちが自由に出入り出来る場所はないらしい。

 あの場所ではたくさんの町人と交流できたから、あたしはとっても好きだったんだけどな。

 シャツにベストのかっちりした服装の人たちが数名、自席で静かに仕事をしていた。グーリュネンの国営ギルドで合った人たちと同じ服だ。あれがギルド職員の制服なんだろう。

 その中の一人が、こちらに気づいて声をかけてくれた。

「何か、ご用ですか?」

 ずり落ちそうな眼鏡、眼鏡の奥に穏和そうな茶色の瞳。淡い茶色の髪は寝癖で跳ねていて、耳には羽ペンがひっかけてあった。

 リーダーはどこから取り出したのか、〈インロウ〉を見せた。

「ああ、監査の方でしたか!」

 眼鏡のその人は、ほっとしたように笑った。

「このギルドの責任者のルノ・ユーリンと申します。よろしくお願いいたします」

「中央監査のルース・コトカとクォント・ベイです」

 リーダーとルノさんが受付カウンター越しに握手を交わした。

「ここでは何ですから、上の応接室へ。レンミッキさん、あとでコーヒーをお願いします」

 職員の女性に声をかけ、ルノさんはあたしたちを奥へと導いた。


 通されたのは、外から見たときに最上階にあったガラス張りの部屋だ。外には鉱山都市が一望できた。

 採掘されているのは、崖の中腹のようだ。そこからトロッコのような列車がゆっくりと下っていっているのがわかった。トロッコの裾野には、もうもうと黒煙を上げる工場が林立している。きっとあれらが製鉄所なんだろう。

 革張りのソファに座っていると、ブリキのカップに注がれたコーヒーが運ばれてきた。

 残念ながら、あたしはコーヒー苦手なんだよなあ。

 リーダーの方にカップを押しやった。

「ありがとう、レンミッキさん。ついでにしばらくの間、人払いしておいてくれませんか?」

「はい、分かりました」

 コーヒーを入れてくれたレンミッキさんはルノさんの言葉で頷くと、部屋を辞した。

 その瞬間、シャボン玉の形をした防御が広がったときと同じ感覚に包まれた。

 驚いてきょろきょろと辺りを見渡すと、リーダーが察して答えをくれる。

「隔離の光術だ。最初にお前に渡した防御に近いもので、敵意のある人間や攻撃を通さない。あとは、音も外に漏れないように出来るものだ」

 さっきのレンミッキさんがやったんなら、あの女性も光術師だったんだな。

 と、リーダーはそこでルノさんに鋭い視線を向けた。

「……よほど他に聞かせたくない事があるらしいな」

 ルノさんは、穏和そうな目を細めた。

 うん、どうやら難しい話になっちゃいそうだ。



 ルノさんは、リーダーと弟の間、真ん中に座っているあたしの事が気になっていたようだったけれど、リーダーが説明しようとしなかったので、少し首を傾げただけでスルーした。

 あたしもいていいって事だろう。勝手にそう解釈した。

 いずれにせよ、クーちゃんとリーダー以外の知り合いがいないこの世界に放り出されたら、あたしは何もできないのだ。二人にくっついているしかない。

「で、ギルド職員さえも遠ざけての話とは、いったい何ですか?」

 リーダーがそう言うと、ルノさんは真面目な表情になって、告げた。

「単刀直入に言います。王政復古を企んでいる一団が、このロヴァニエミに潜伏していると思われます」

 王政復古。

 その言葉を聞いてぴくりと眉をあげたリーダーだったけれど、驚いてはいないようだった。

「あまり驚いていないようですね。やはりご存じだったのですか?」

「実際に話を聞いわけではないのですが、断片的な情報から予想はしていました。今回も、真偽を確かめるためにロヴァニエミに寄ったようなものです」

 リーダーの言葉で、ルノさんは肩の力を抜いた。

「それなら、話は早い。実は、我々の方でも調査しているのですが、どうにもうまく行きません。というのも、どうやら……」

 ルノさんはその先を躊躇した。

 言うか、言うまいか迷っているように見えた。

「『ギルド内に裏切り者がいる』から?」

 クーちゃんが代わりに答えた。

 ルノさんはそのままうなだれた。

「そうじゃなきゃ、国営ギルドで人払いする理由がないもんねえ。自警団は?」

「そちらもあまり信用できません。裏切りがあるのではないかと気づいてから、全く身動きがとれず、困っていたのです。ルースさんとクォントさんが来てくださったのは幸いでした」

 力なく笑うルノさん。

 どうやら思っている以上に、本人が参っているようだ。誰が敵か全く分からない状況と、差し迫っているかもしれない反乱。

 よく見れば、ルノさんの目の下には深いクマが刻まれていた。

「分かりました。そういった事情でしたら、我々の方が動きやすいでしょう」

 リーダーが承諾すると、ルノさんははっと顔を上げた。

「すみません。よろしくお願いします」

 心底ほっとした様子のルノさんを見て、あたしも嬉しくなってしまう。

 と、ようやく心の余裕が出来たからだろう。

 ルノさんはあたしに目を向けた。

「あの、そちらの女の子は……?」

「初めまして。リーネット・ベイと言います。クォント・ベイの姉です!」

 力一杯自己紹介したが、ルノさんは首を傾げた。

「ええと、身内の方? ですね。中央監査でしょうか」

「違うよ。でも、オレたちがうまく立ち回るのに彼女の存在が必要なんだ」

 クーちゃんがにっこりと笑った。

「姉さんは『歌姫』だからね。共和国政になってから最初のグーリュネンのお祭りで、祈りを捧げた異海の歌姫。ルノさんは知ってる?」

 その言葉で、ルノさんははっとした。

「〈紡ぎの歌姫(ディーバケヘル)〉!」

 えっ、何なの、その名前?!

「ええ、ええ。分かりました。歌姫様で、中央監査の身内の方という事であれば、ギルドの奥にある宿泊施設をお使いください。あ、もちろん、監査の方も一緒に」

 興奮した様子のルノさん。

 あたしは唇をとがらせたが、クーちゃんはにこにこと笑うだけだった。

 立ち上がったリーダーは、あたしのカップの中のコーヒーが全く減っていないのを見て、手に取って一気に飲み干した。


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