鉱山都市のシスター(2)
リーダーとクーちゃんは、国営ギルドの職員の人たちに挨拶するため――という名目で裏切り者を探しに行くため――下に行ってしまった。
あたしを案内してくれたのは、先ほどコーヒーを淹れてくれたレンミッキさんだ。
国営ギルド職員だというのだから、かなり優秀なんだろう。たれ目でおっとりしていそうな顔立ちだけれど、動きや口調はてきぱきとしていて、仕事が出来そうな女性だった。年齢は師匠と同じくらい、二十代半ばをすぎたくらいだろう。
襟元がレースのブラウスに革製のコルセット。乗馬するときに履くようなぴったりとしたパンツ。ウェーブのかかった赤茶色の髪を頭のてっぺんでお団子にしていた。
その腕には、宝石のたくさん縫いつけられたカラフルな篭手をブラウスの上から装備していた。民族的な柄は、この世界に来てからよく見るものだ。確か、教会のタペストリーもよく似た柄だった。
「リーネットさんは、歌姫様なのね。部屋に案内した後は、教会へ案内するように責任者のルノから言われているわ」
「すみません、お仕事がお忙しいのに……」
あわててそう言うと、レンミッキさんはにっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ、リーネットさんはそんな心配しなくても。こんなにも可愛らしい歌姫様なら、いつだって歓迎するわ」
いったん外へ出て、階段を下りていく。何が通してあるのかパイプが縦横無尽にめぐっており、リーダーなら頭を打ちそうだ。うん、あたしは、背が低いから大丈夫。
階段の突き当たりの扉を開けると、円形の吹き抜けホールが広がった。3階まで中央を螺旋階段が貫いている。それぞれの階に5・6個扉が造り付けられている。それぞれが宿泊部屋なのだろう。
「正面がキッチンで、お風呂は右、左の扉からは外に出られるわ。ああ、でもそっちは裏口だから、緊急時以外、外に出る時はさっきの場所から正面入り口を通ってね」
てきぱきと指示しながら、お風呂の扉を開け、シーツを持って出てきた。どうやら、洗濯も同じ場所らしい。
階段を上がると、宿泊部屋の扉には番号が振ってあった。
「部屋は2階の5番を使ってくれる?」
大きく『5』と印字された扉を開くと、丸い窓が一つとベッドが一つ、それに書斎机が一つだけ配置されたシンプルな部屋が現れた。
「内側から鍵がかけられるから着替える時は使って頂戴。それから、食材はキッチンに常備してるから暴飲暴食しない限りは好きに使ってくれていいわよ。飲料水の水道もキッチンに通ってるわ」
箇条書きのように注意事項を告げたレンミッキさん。
「質問は?」
「大丈夫です。何か分からなかったら聞きますね。レンミッキさんはさっきの執務室にいらっしゃるんですか?」
「ええ。少し出てる時もあるけど、その時はルノに聞いて。あの眼鏡――彼は責任者だからこのギルドにいない事はあまりないはずよ」
レンミッキさんは頑として動かない窓を力ずくで開いた。
溜まっていた砂埃が舞って、ぱたぱたと手を振る。
「掃除は後ね」
眉間に皺をよせ、埃を追い出したレンミッキさんはにっこりと微笑んだ。
「それじゃ、さっそく教会に行きましょうか」
空は快晴だが、風には土埃が混ざっていて煙っている。フードを深めに被り、襟部分に取り付けられた覆い布で口元を隠した。
先程見下ろした通り、奥の山際には工場が並んでいて、平地には人々の暮らす町がある。街中には坂が多く、坂の上には住宅が、下には学校や図書館、教会、病院などが並んでいるようだ。それらの施設を中心に商店街が広がっている。
レンミッキさんに連れられてのんびりと歩いていると、ブリキやトタンが多い街並みに、突如として煉瓦造りの建物が出現した。
随分と煤けてしまっているが赤レンガ積みで、天辺には直方体、つまりは〈正方晶系〉の結晶格子を模した鉄骨製のフレームが掲げてある。
「正方晶系は〈炎〉だっけ……?」
「ええ、そうよ」
聞いてはいたけど、本当にユマラノッラ教の経典をあまり知らないのね、とレンミッキさんが苦笑する。
「はい。あたし、ユマラノッラ教について、ぜんぜん知らないんです」
「この大陸でユマラノッラ教を知らない子がいるなんて……」
あたし、異海から来たようなので。
その言葉は飲み込んだ。わざわざ宇宙人申告して、優しいレンミッキさんから嫌われるのは嫌だった。
と、その時、背後から甲高い声が響き渡った。
「あら~、どうしたの? 国営ギルドの職員さんがこんなところまで、珍しい」
振り向くと立っていたのは、修道服に身を包んだ女性……ではなく、おそらくだが、男性だった。
リーダーと同じくらいの身長だし、肩幅は明らかに女性のものではないし、ブーツの大きさなんてあたしの倍はありそうだし(あたしの足が小さい事を別にしても、だ)。何より頬骨の出た顔は男にしか見えなかった。
「ええ、今日は司祭様にお会いできるかと思って、リーネットさんを紹介に来ました」
「この子?」
その人はぐいぐい近づいてきた。
どうしよう、この人、多分オネエだ。
人生初のオネエとの遭遇に、絶句してしまったあたしと裏腹に、その人は精一杯口角を上げて微笑んだ。
「まあまあ、確かにこれはとっても珍しいわね。ぜひ司祭様に会わせてあげましょう。きっと喜ぶわ!」
レンミッキさんは、固まってしまったあたしの肩にポンと手を置いた。
「この方は、シスターのザイオンさん。とっても頼りになるから、何か困ったことがあったら彼女に相談するといいわよ」
……彼女?
教会に入ると、どことなくひんやりとした空気があたしを出迎えた。煉瓦造りの建物のせいだろうか。
年代を経た3人掛けの木製椅子がずらりと並び、その向こうには大きな祭壇があった。椅子の並べられた左右にもいくつか小さな祭壇があり、そこで祈りを捧げる人もちらほらと見られる。
中央の大きな祭壇は遠目にも多くの宝石が飾られ、キラキラと光を反射している。
祭壇の中央に、教会の屋根と同じ正方晶系のフレームが掲げられていた。よく見るとそのモニュメントは、祭壇の中央の台から空に浮き、ゆっくりと回転していた。
「うわあ、きれい」
磁力かなあ。それとも、いつもの光術?
ちょうど背後の壁に穴があけられているのか、差し込む夕日がまるでスポットライトのようにモニュメントを照らし出していた。
「素敵でしょう? 炎の神の〈神印〉。鉱山都市と呼ばれるこの町が炎の神を祀っているのは、この鉱山を発見した一人の光術士が炎神の祝福を受けていたからなのよ」
「一人? この鉱山をたった一人で発見したの?」
「ええ、そうよ~。とっても優秀な光術士だったの。もう今から200年も前の話になるから、本当かどうかはもう分からないんだけどね」
だって、どんな宝石や鉱物が産出するかという検索は、何人もの光術士と光術技師がものすごい日数と莫大な費用をかけて行うものだと聞いた。
それを一人でやってしまうなんて、とってもすごい人だったんだろうな。
周囲を見渡すと、前に見た教会と同じ、全部で6つの祭壇が壁沿いに造りつけられていた。
そのそれぞれに結晶系の形をした〈神印〉が設置されていて、壁にはタペストリーがかけられていた。
――化石生物だ
あたしは、ふらふらとタペストリーに近寄る。
雷は単斜晶系だから、これだ。
雷の神〈サラモインティ〉の神獣。確かに、ララさんはそう言ったから。
タペストリーを見ると、そこにはあの足跡化石の生物の復元図が描かれていた。三つの重い尻尾。満足の蹄。カウニスのような顔をして、曲がりくねった角が生えていて、でももっと力強い体躯をしている。
カウニスは馬に似ているけれど、足を見ると奇蹄目と同じ三又の蹄だ。この化石生物は、偶蹄目の馬よりカウニスに近い生物であることは間違いない。
「神獣に興味があるの?」
レンミッキさんがあたしに問う。
「ええと、あー……はい。というより、〈ユマラノッラ教〉に興味があるんです。あたし、何にも知らないから」
慌てて誤魔化すと、レンミッキさんはそれもそうね、と腰に手を当てた。
「せっかくだから、シスターのお話を聞きましょうか。〈紡の日〉には子供たちに神話を話しているから、きっとわかりやすくお話してくれるはずよ」




