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眠れる異界のウネクシア  作者: 早村友裕
第二章 異海の玩具
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宝石泥棒(3)

 盗んだ宝石が入ったリュックサックは、そのまま洞窟に放置してあった。とても、回収する余裕はなかったのだろう。

 光術に使う宝石が不足していると言っていたけど、大丈夫なのだろうか。せっかく、新しい雇用主を見つけたような事を行っていたのに。

 また無職にならないといいけど。

 洞窟の壁にある桜石の観察をしながらそんな話をすると、リーダーはあからさまに眉間に皺を寄せ、クーちゃんは、宝石泥棒の事なんて忘れなよ、と言った。

「だが、その新しい雇用主っつー話は気になるな。クォント、何か情報あるか?」

「うーん、今のところ何にもないなあ。ああいう傭兵たち独特の情報ネットワークってあるからねえ。でも、元領主が戦力を揃えてるっていうのはちょっとキナ臭いかな」

 クーちゃんの言葉に、リーダーも頷く。

 あたしはそれよりも、巨大な桜石の結晶に夢中だ。

 置換鉱物は白雲母かな? サイズは一辺15センチほど。薄く削れば非常にきれいな桜の石板ができるだろう。

 腰のハンマーと、壁を見比べてあきらめる。

 母岩の変成岩は堅い。とてもあたしの力では、採集はおろか、割ることもできないだろう。

 あたしは真剣に話し合うクーちゃんの袖を引っ張った。

「ねえ、クーちゃん。これさ、〈ライトセイバー〉で切り出せない?」

 30センチ四方くらいでいい。

 身振り手振りで説明すると、クーちゃんは困った顔をしながらも剣を構えた。

「出来るかなあ?」

 そう言いながら、思い切り剣を降り下ろした。

 剣先が壁にふれた瞬間、バリン、とかガシャン、とかそんな音がして、壁が崩れ落ちた。

「桜石が!」

 粉々に砕け散ってしまった桜石に、あたしは悲鳴を上げる。

「ごめん、オレは無理だ。ルース、出来る?」

「はあ?」

 ふざけんな、という言葉が続くかと思いきや、リーダーは不機嫌そうな顔で壁を見た。

「出力下げて、刀身を細身にして……短くすればいけるかもな」

「どうやって?」

「剣を改造するしかねーな」

 つまり、この場では無理、ということだ。

 そんなあ。

「でもあたし、これが欲しいんだもん」

「阿呆か、ギルドへの報告が先だ。盗られた宝石もここにあんだぞ。とっとと返さなきゃなんねーし、お前のわがままにつきあってる暇はねーですよ」

 にべもなく切り捨てたリーダー。

 あたしは、抵抗するように壁の桜石に張り付いた。

「採集するまで、ここ動かないもん」

「馬鹿言ってねーで帰るぞ」

 どうやら今回ばかりはクーちゃんもリーダーの味方らしい。

 壁に張り付こうとするあたしをひょいっと軽く担ぎ上げて、反対の手でリュックを持つと、すたすたと洞窟を後にした。

「あたしの桜石ー!」

「だからお前のじゃねーですよ」

 リーダーにはあの桜石の価値がわからないのだ。あんなに大きな、美しい桜石、絶対にもう出会えない。採集しておけば、結晶も観察できるから、生成条件を多少は絞り込むことが出来るかもしれないのだ。

 こんな素晴らしい研究材料が他にあるだろうか!

 ぜんぜん観察も足りてないのに!

「放してよ、クーちゃん! あたし、もうあの洞窟に住むー!」

「阿呆か、お前は。ちゃんと家に帰れ。つーか異海に帰れ」

 リーダーに額をぺしん、と叩かれた。

 冷たいよ、リーダー。

 桜石に心を残しながら、あたしは強制的に町へと連れ戻された。

 そして、国営ギルドに報告に行くというクーちゃんとリーダーに宿に置き去りにされ、部屋に幽閉された。

 ……グレてやる。



 それでも桜石の夢を見ながらぐっすりと眠ったあたし。本当に自分の神経の図太さに驚く。

 翌朝目を覚ましたのは、太陽が昇る頃にドアをノックする音がしたからだ。

 誰だろう。

 不審に思いつつも扉を開けると、立っていたのはリーダーだった。

「どうしたの、リーダー?」

 眠そうなリーダーは無言であたしに何か押しつけた。

 〈カメラ〉の時と一緒だ。

 あの時も、リーダーは夜なべしてあたしの望むものを作ってくれたのだ。

 途端に罪悪感が芽生える――ごめん、リーダー。あたし、ふつうに寝てたよ。


 あたしの手に収まったのは、〈ライトセイバー〉の柄だった。

 もしかして、これって……

「桜石の採集のため?」

 リーダーは返事しなかったけれど、きっとそうだ。

 出力を絞って、刀身を細くしてって。昨日、出来そうなこと言ってたもん。

「ロック解除は〈エルル〉。使い方はクォントに聞け。人を殺せるもんだ、気をつけて使えよ」

 短くそう告げたリーダーは、大きく欠伸した。

「俺は少し寝る。午後には出発するってクォントに伝えて置いてくれ」

「あ、うん、わかった」

 あたしは、受け取った細い筒を胸元に握りしめた。

 あれだけさんざん、あたしの事を馬鹿呼ばわりして、次の日にはこれだ。

 最も、工作が好きなリーダーのことだから、半分趣味なんだろうけど。

「あ、お礼、言ってない……」

 びっくりしすぎて、なにも言えなかった。

 そう言えば、あたし、カメラの時もちゃんとお礼、言えたんだっけ?



 午前中という限られた時間ではあったが、満足のいく採集が出来た。

 リーダーの作ってくれた岩石レーザー(と呼ぶことにした)は、とても高性能で、まるでお豆腐でも切るようにさくさく岩が切れたのだ。

 すごい。

 リーダーってマジで天才だ……!

 隣で見ていたクーちゃんが、同じのが欲しいと言っていた。

 うん、多分、岩石じゃないものを切ろうとしてるね? ダメだよ。

 思うままに採集を終えたあたしは、クーちゃんの鞄に桜石のサンプルを詰め込んでもらい、昼食の時間には宿に戻った。

 まだ眠そうにしているリーダーが出迎えてくれ、満足か、とあたしに問う。

 もちろん、と答えたあたしと、同じの作って、と懇願するクーちゃん。

 リーダーは、はいはい、と答えながら、ため息をついた。

「お前ら、本当に姉弟なんだな……そういうとこ、そっくりだ」

 どう言うところだろう。

 聞こうとしたけれど、どうやらそれ以上答えてくれそうになかった。



 次にあたしたちが向かうのは、鉱山都市ロヴァニエミ。

 あの神父さんが言っていた元領主、という単語と戦力を集めているという情報がかなり気になったらしい。

 当面の目的地である西で一番大きな都市、オウルからほど近い場所にあるらしい。


 鉱山都市って、どんなだろう。

 想像が膨らんでいく。

 角の生えたカウニスの背に揺られながら、あたしは妄想する。

 もしかして、坑道とか見られちゃったりするかなあ。採掘してる現場、見てみたいなあ。

 にまにましていたら、リーダーがちらりとこちらを見て、ため息をついていた。

 何ですか! 人の顔見てため息とか!

 そんな様子を見て、クーちゃんが笑う。

「楽しそうだね、りー姉」

 楽しくないです。

 あたしも一つ、ため息。

 ため息と言うより、ふんぞり返った鼻息。


 周囲の景色を写真おさめつつ、赤みがかった空を見る。

 手にずっしりと重い、カメラ。

 桜石の切断に使った岩石レーザーは、リーダーの〈ライトセイバー〉を改造したものだったらしく、といあえずいったん返せと言われた。

 でも、すぐにあたし専用のものを作ってくれるらしい。クーちゃん専用のと一緒に。

 本当に、リーダーってばものを作るのに素材も労力も惜しまないよね。


 でも、あたしも少しくらい何か返したいな。

 何がいいかな。

 見慣れてきた赤っぽい空を見上げつつ、あたしはリーダーの喜びそうなものを考え始めていた。


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