1話
業務の間に取引先からの連絡に目を通すと、そこには凡そ1年半ぶりになるであろう、大学時代に作ったグループに通知が届いていた。
昼間の休憩時間に開かなくて正解だった。もし見ていたら午後の就業のやる気が微塵も残らず消え失せるところだった。
『土曜日、西堀に夜7時集合!』
一通の文面ともにご丁寧にマップまで載せられていた。”西堀”というのは大学時代、飲み会をよくしていた居酒屋のことだ。初めて皆と出会ったあの日から皆ちょくちょく集まっていたが、就活を皮切りに徐々に集まる機会が減っていった。
皆、今どうしているのだろうか
前回からだいぶ時間が空いたのもあってか、期待より不安が大きい。
それでも、またあの顔ぶれを見れることを今は喜ぶべきなのだろう。
『了解』
そのひと言だけ返事をし、勤務に勤しんだ。
* * *
仕事を終え、予定よりも30分ほど前倒しでかつて通い詰めた居酒屋“西堀”につく。店前に赤山修二と川瀬裕奈がすでに到着していた。
「よお樹!久しぶりだな!」
両者ともスーツ姿なのもあってか、学生時代のわずかにあった幼い雰囲気は、遥か遠い過去に置き去りになっているかのようだ。
「いっくん久しぶりー」
花のように明るい顔で川瀬は自分を見た。雰囲気こそ大人びていたが、その無邪気と可憐が入り混じる笑顔は、長い時間がたった今でも昔と変わっていなかった。
「一瞬誰かわからなかったでしょ?」
「最後にあったとき川瀬の髪、金髪…だったよね」
「社会人にもなって髪染めてたりなんかしたらどこも雇ってくれないよー」
そう言い川瀬は髪を靡かせた。色こそ黒だが、流れるような長い髪は、昔の姿を想起させるのに十分であった。
「おーい、久しぶりー」
その声と共に、駐車場のほうからさらに二人の人影が見えた。街灯に照らされて陰から商業マンのような見た目の男と、短髪の女性が出てきた。
「おせーぞ永井。今日お前のおごりな」
「いやいや、これでもまぁまぁ残業早めに切り上げてきたんだぜ?」
2年ぶりに見る永井昌也の姿は、ネクタイをぴっちり締め上げ、腕時計をつけていた。如何にもエリート会社員というような見た目だ。
「安紀ちゃんおひさー!」
「裕奈ちゃん…ちょっと苦しいかも…」
川瀬に思い切り抱き着かれながら斎条亜紀がうめき声を上げる。この二人の仲の良さも学生時代から変わっていない。
「そんじゃまぁそろったんで入りますか!」
顔ぶれこそ時間により変わってしまったが、そこには昔と変わらない『今』があった。
「乾杯!」
「「かんぱーい!」」
「か、乾杯…」
軽快な掛け声ともグラスを重ね、酒を飲む。渇いた喉が潤され、溜まった疲労を流していった。
「こうやって誰かと飲むの久しぶりだな」
哀愁漂わせながら永井は早くも最初の1杯を飲み干した。
「やっぱ見覚えのあるメンツでこうワイワイやるのっていいな、樹」
確かにこうして誰かと飲みふけれるのは久しぶりな気がした。入社したての頃は同僚と飲みに行くことが幾度かあったが、最近はずっと宅飲みだった。
「まぁ皆仕事で忙しいだろうけどさ、たまにこうして集まるのもいいかもね」
「だな、昔の記憶を思い出せる発火材みたいなもんだな。それに酒もいつもより5割増しでうまい気がするな」
そう言い、永井は自分のグラスに注いだ。
「今日はもっと飲んどけよ、俺が全部出すからさ」
「永井、さっきの真に受けなくても…」
「いいんだよ、飲んどけって」
永井の温かな微笑みは仕事で荒んだ心に平穏を与えた。大学の頃も永井は面倒見がよく、自分よりか違う遠い先の景色をみているようで、同学年のはずが年上の先輩に見えた。
「二人とも最近調子どーよ!」
不意にばしっと背中をぶっ叩かれた。振り返ると赤山がいた。顔を見ると、もう赤みがかっており足元もおぼつかない。確か赤山は酒に弱かったな。
「なんだよお前、もう酔ったのか?」
「何言ってんだよまだまだこれからだろ?」
そう言いながらもまた飲む赤山。
永井と対極に昔からかなりのお調子者で、成績の単位は割とギリギリ、企業説明会をバックレなど抜けているところが多かった。
それでも、困っていたら誰振りかまわず助けたり、どんな奴にも遠慮なしに話しかけていくその姿は雰囲気こそ違うが、永井に通じるものがあった。
そんな二人を自分はどこか羨ましいと思っていた。
「そんな辛気臭い顔してるとストレスたまるよー?」
隣を向くと川瀬がグラスを揺らしながら笑った。
「…川瀬はまだ、バンドやってるの?」
「うーん、まぁ一応ね。でも仕事忙しいからさ、もうメインでやることないんじゃないかな」
「あれだけ上手かったのに…」
「いいのいいの、元々高校でやめようって考えてたしさ。それに、聞いてくれる人いなかったら意味ないでしょ?」
そう言うと一口補給し、ほぅと息を吐きだした。
「大学の頃はよかったなぁ…時間は今よりたくさんあったし」
「3年だったっけ…?あの文化祭のライブ」
「そーそー。よく覚えてたね、いっくん」
そう言いとけらけらと川瀬は笑う。いつもよりかテンションが高い。
最後の集いは、皆人生の佳境にいることもあってか、談笑をするだけの時間だった。将来に繋がる道が自分の人生にはあるのかどうか、底の見えない不安に各々が苛まれているのは皆のやつれた顔が物語っていた。
学生という浮き輪を外され社会に放り出された自分も例外ではなく、ただ周りに合わせるがままに一心不乱に就職活動に励んだ。
そんな荒波の中でも、最後の集いで見た川瀬はいつもと変わらない笑顔をみんなに見せていた。2年が経った今でも、それは自分にとって大切な景色だ。
「…い、橋本君は、仕事うまくいってる?」
川瀬の横にいた斎条が、か細い声で話した。
「それなりに上手くやってるよ。そっちは?」
「わ、私は……大学院で色々……」
「安紀ちゃんたしか大学院いったんだっけ?」
「うん…あんまり面接とかは得意じゃなかったから…教授に進められて…」
「へーやっぱり頭いい人は違うなぁ。のうみそでっかいのかな?」
「いや…そんなにすごいことかな…」
川瀬に言われたことが嬉しかったのか、斎条の顔は微笑んでいた。
昔から他の3人に比べ消極的で、前髪も長く表情が分かりずらかった。そのため、斎城とは面識はある程度あったが、話す機会は比較的少なかった。
今の斎条の前髪は綺麗に揃えられており、前よりか気さくな雰囲気だったが、相変わらず本人の口数は少ない。
「アキちゃんの担当教授って誰なの?」
「ああ…えっと金田先生かな…」
「うわーあのハゲ頭?あいつ気を付けたほうがいいよ斎条、すぐキレるし」
話を聞いていた赤山が心底嫌そうに言った。
「修司はあの先生にいつも叱られたよねー」
「俺はただハゲ頭って言っただけだって。それなのに、すごい怒鳴られたし結局単位もらえなかったし」
「そりゃお前、あの頭引っ叩いたら怒るだろ」
永井が赤山の頭をチョップで叩いた。「いてっ」とぼやく赤山を見て川瀬と斎条が笑う。
そんな和んだ光景は実に2年ぶりに見る光景だ。
またこうやって談笑して、緩やかに時間を溶かす。容姿は変わってしまい、皆別々の道へと進んだ。
もしかしたら、もうこうして二度とみんなで会うことはないかもしれない。
それでも今はただ、この時間が少しでも遅く流れてくれることを祈るばかりだ。




