第68話 闇の森から伸びる光の道
闇の森から、エルフたちの捜索隊が続々と現れ、ジークのもとへ向かってきた。
ダルトハットからの救助隊が到着するより先に、ラドウィンが叫んだのが聞こえた。
「ジーク!」
ジークも大きく手を振って応えた。顔いっぱいに笑みが広がっていた。
ラドウィンが近づくにつれ、彼の表情がとても豊かなのが分かる。
その顔を見られただけで、レンドルの気持ちは少し楽になった。
「ラドウィン、ルリア草をたくさん集めたの。ディネットの怪我もこれで足りるわ」
「……ありがとう、妹も喜ぶ」
ラドウィンは、溢れんばかりの笑顔でルリア草を受け取った。
ラドウィンは、本当に喜んでいる。
たった今も、彼女の記憶が混乱していることに気付いているはずだ。
それでも、あんなふうに笑えるのだ。
「レンドル」
ラドウィンは、ルリア草を受け取り、レンドルに声をかけた。
「ありがとう。滝つぼに落ちたときはどうしようかと思った。お前も生きて返った。ラドウィン・ジェルドラン・ユグ=シルヴァンとして、敬意と感謝を」
ラドウィンは、胸に手を当て、レンドルに頭を下げた。バルザードの時と同じだ。彼らにとって、最大級の敬意の表し方なのだ。
「ファレンの息子、レンドル・ブレイズ。冒険者の務めを果たせてよかった。多くのことを学ばせてもらった。俺からも礼を言わせてほしい、ありがとう」
二人は拳を出して突き合わせた。冒険者流の挨拶の一つだ。
横目で視界に入る。ジークがネオネスに抱きついていた。
「ジーク、無事でよかった」
優しい父親の顔だ。俺の父さんも、よく同じ顔をしていた。だから、分かる。子供の無事を喜ぶネオネスは、愛おしそうにジークを抱きしめていた。
「そうだ、ラドウィン。バルザードの剣を見なかったか?」
「バルザードの剣は返した。俺が剣を持ち帰った時のバルザードの顔を、俺は忘れることはないだろう」
「……想像したくないな。怒っていないだろうか」
「ああ、ただ魂が抜けたようだった。ファルダがしかりつけて、バルザードは生気を取り戻した。お前たちを探し、そして銀狼の首を落とすまで、俺は帰らないとか言い出してな。一人娘の孫だ、取り乱しても不思議じゃない」
「その辺にしてくれ、ラドウィン。俺にも再会の喜びを味わせてくれ」
バルザードが苦笑いをしながら、こちらに向かってきた。
レンドルはバルザードに正対した。
「レンドル、礼を言う。言葉で言うのは簡単だ。だから、アステリオと戦い、折れたお前の剣を打たせてくれ。ダルトハットに戻ったら、友人の鍛冶屋を紹介する。もちろん代金は俺たち持ちだ。今回の依頼料と成功報酬だ」
「あら、バルザードにそこまで言わせるなんて、レンドルは随分と気に入られたのね」
「俺の剣を教えた。エヴァン、あなたの剣でもある」
「本当に気に入られたのね……」
「断る理由がないし、剣のない俺には願ってもない。ありがとう、バルザード」
バルザードとレンドルは、同じように拳を突き合わせた。
そして、レンドルはふとエヴァンを見た。
「……それにしても、本当にエヴァンがバルザードに教えていたのか」
「魔法と剣を使った戦い方は、俺自身が鍛え上げたものだが、その魔法も剣も彼女から学んだ。一度手合わせしてもらうといい。彼女の剣は対人戦で生きる」
「それは、願ってもない話だ」
「レンドル」
ジークに腕を掴まれながら、ネオネスが声をかけてきた。
「マーザの子、ネオネス・アズ=シルヴァンとして、礼を言わせてほしい。――感謝を」
そういって、ネオネスは胸に手を当て、頭を下げた。
「銀狼を逃してしまった。――でも、ジークを無事に返せてよかった」
「また、どこかで狙ってくる。……そういうやつだ」
ネオネスの言葉は感慨深く感じられた。レンドルは小さく頷き、そして、まっすぐにネオネスを見た。
「ネオネス。ジークの肩の怪我がひどい。頭も打っているから……治療をしたほうがいい」
ジークの記憶について、ラドウィンがネオネスに伝えていないはずがない。
「ああ、分かっている」
その一言で、全部伝わっていると確信した。
「ジーク、ちゃんと治療をするからな。それとダルトハットに戻ったら、話しておきたいことがある」
「はーい。大丈夫だと思ってたんだけど、思ったよりひどかったみたい」
ファルダが救助隊の馬車を指さした。
「馬車で怪我を見ましょう。男たちは別の馬車よ」
ジークはネオネスの腕を離して、ファルダと共に歩き出した。
「滝に落ちたあと、どうやって寒さをしのいだんだ」
「頭を打ったせいで、途中のことがあんまり思い出せないんだけど」
少し困ったように眉を下げて、それでもまっすぐ話し始めた。
「川に流された後、雨も降りだして、とても寒かった」
ジークは立ち止まり、思い出すように空を仰いだ。
「ジークに炎の魔法の初歩を教えてもらったんだ。それで、なんとか火を起こした」
レンドルが先に言うと、ジークの顔が少し明るくなった。
「あ、そうだ。レンドルが炎の魔法を使って焚き火を作った。思い出してきた」
ジークは少し声を落とした。
「偶然、雨をしのげそうな樹洞を見つけて、そこで雨宿りしたの」
ファルダがうなずいた。
「樹洞か。それなら寒さをしのげるな」
レンドルは、思わずネオネスの方を見た。ネオネスの顔から笑顔がだんだんと消えて、鋭い目つきに変わっていった。
ジークはそれに気が付かないまま、話を続ける。止めようにも、レンドルにはどうすればいいか分からなかった。
「狭かったけど、二人で雨をしのぐには十分だった。私が熱を出して意識がもうろうとして……そうだ、薬が飲めなかったんだけど、レンドルが飲ませてくれて。もし一人だったら、生きて返れなかったと思う」
ファルダが、硬直したレンドルを見て鋭い一言を放った。
「飲めないのに、飲ませたのか」
「あら。レンドルとそんなことがあったのね」
エヴァンがからかうように、唇に人差し指を当てた。
エヴァンの仕草を見たファルダが、一拍置いた。
「――レンドル、やるじゃないか」
いつも凛とした表情を崩さないファルダが、今は驚くほど柔らかな顔をしていた。
「……レンドルは俺と一緒の馬車に乗れ」
ネオネスに右肩を掴まれた。激痛が走る。そのまま、怪我をした右手にまで伝わって、さらに痛みが増した。
「ぐッ」
「お父さんが乗るなら、私もそっちに乗るね」
「お前はエヴァンとファルダとだ」
「わたし、お父さんの馬車がいいんだけど」
「肩の治療もある。二人から診てもらいなさい。頭も打ったのだろう」
「あ、そっか。……そうだね」
「ネオネス、俺も乗る。喋れよ、全部。レンドル。分かってるな」
ラドウィンが顔を引きつらせながら、細い眼で睨んでいる。
「乗れ、レンドル」
バルザードの眉が寄っている。
こんな表情を見たことがない。
先ほどまでの和やかな空気は、もう消えていた。
「……」
レンドルは三人の男に囲まれて連れ去られた。
救助隊の馬車と一緒に、エルフの捜索隊はダルトハットへの道を進んでいく。
あれだけ空を覆っていた雨雲に、少し切れ間が見え始めていた。
太陽の光が差し込み、街道を照らしている。
光の道が、帰還の助けをしているように思えた。
長かった一日がようやく終わる――そう思った。
光を遮断する馬車の中で、三人のエルフの戦士に囲まれるまでは。




