プロローグ
いつの時代。
いつの世も。
戦乱は絶えない。
それは領土の奪い合い。
または、価値観の違いから。
理由は様々だ。
それは、異世界であっても例外ではなかった。
ここ、アリティア王国でも今まさに戦闘が開始されようとしていた。
相手国は、ヴァルデリア帝国。
かつては、アリティア王国の一部だった国である。
四〇〇年前までアリティアは広大な領土を有していた。
一〇〇〇年前に統一された王国だ。
だが、長い年月の中で、王国は徐々に衰退を見せ始めた。
内部の対立、汚職が蔓延。
それを嫌った者たちが周辺国家へと渡った者たちも続出した。
そんな中で、力を持ち始めた地方領主が独立を唱える。
その初期に独立したのが、このヴァルデリア帝国だった。
ヴァルデリアは自国の武力を背景に脅しをかけてきた。
それに屈する形で独立を許可したのが、始まりだった。
その前例を作ってしまったがために他の国も追従してしまった。
オルセリア公国。
ライゼンハルト侯国。
セルヴァニア連邦。
今となってはその四国の独立を許してしまう。
その中でも、ヴァルデリアが領地も兵力も圧倒的だった。
ナナミの目の前には、ヴァルデリア帝国軍。
その数、一万五千。
まるで、大地を埋め尽くさんばかりの軍勢。
想像はしていたが、目の当たりにするとその様子に圧倒された。
だが、実際のヴァルデリア帝国の兵数はこれだけではない。
元々、帝国軍は総勢二万五千の軍勢だった。
しかし、この平原『リブリア平原』には挟み込むようにして砦があった。
それは、平原での戦闘が始まると、両砦から挟撃するための工夫だった。
そのために、帝国は一万の兵を分け、五千づつで砦を落とす。
或いは、封じ込めるために三部隊に分けて送り出した。
それに、この平原に二万五千の兵を展開できる余裕はない。
ただ、無駄に遊兵をだすのを避けた。
そうして、そのまま三部隊でアリティアの王都を包囲する算段だ。
対するナナミが生まれ育ったアリティア王国軍。
その数は、国内の兵をかき集めても七千に満たない。
倍以上の兵力差が、絶望的な現実として眼前に広がっていた。
帝国軍の布陣は、力と数を誇示する典型的なものだ。
中央に分厚い一万の重装歩兵を横一列に並べていた。
その両翼をそれぞれ二千ずつの騎兵、弓兵、魔術師で固めている。
敵を正面から粉砕し、包み込んで殲滅する。
あまりにも教科書通りの、だが故に強力な陣形だった。
対するナナミのアリティア軍の布陣は、異様の一言に尽きた。
帝国軍と同じく横隊陣形を基本としている。
だが、その構成は大きく歪んでいる。
まず、中央の歩兵部隊。
彼らは敵陣に向かって突き出すような、鋭い逆V字。
あまりにも挑発的で、敵の攻撃を一点に集めてしまう危険な陣形だ。
そして、その翼。
右翼には、この戦いの要となる『ハスター・フォンケンラート』率いる精鋭騎兵部隊。
ナナミが急遽編成させた軽装弓騎兵と魔術騎兵。
それも組み込まれており、我が軍が持つ最大の剣と言える。
問題は、その逆の左翼だ。
そこには、わずか五百の騎兵と二百の重装歩兵しかいない。
帝国軍の二千騎が突撃すれば、一瞬で溶けてなくなるであろう、
あまりにも脆弱な盾。
だが、その後方にはさらに奇妙な部隊が控えていた。
斜めに傾ければ車輪が地面に設置し移動が可能な台座。
それと無数の石を携え、手にした投石紐を持つ二百の兵士。
そして、一際異彩を放つ十人ほどの部隊があった。
人の背丈ほどもある異様な大弓を携えた十騎の重装弓騎兵。
彼らはただそこにいるだけで、戦場の空気を歪ませるほどの異様な存在感を放っていた。
これら全てが、倍の敵を打ち破るためにナナミが仕掛けた、巨大な罠だった。
――いま、まさに両軍が激突するのだった。
「ほぉー。これはこれは、なかなか壮観な景色ですな、ナナミ殿」
軽口を叩くこの男は――『ハスター・フォンケンラート』。
亡命者で構成された特殊部隊『イクシード』の隊長である。
別名『蝙蝠部隊』――
いや、正確には周囲からの侮蔑を込めた呼称だ。
周囲からは『国を裏切った者たち』の寄せ集めと思われている。
誰も信用しない、扱いづらい集団。
しかも、それをあざ笑うかのような独特な血塗られた蝙蝠の紋章。
誰が描いたかは定かではない。
だが見る者にこう告げる――
「蔑まれても、我らは消えはしない」と。
皮肉を込めた血の蝙蝠は、部隊の誇りの象徴だった。
なんとも、気骨溢れるユニークな連中だ。
だけど、ボクはこの隊長を信頼している。
前に一度、話をしただけだが、そう確信出来るだけの確証があった。
まぁ、ボクの勝手な確証だけなんだけどね。
けれど、今はこの連中こそ、この戦場で最も頼れる武器であると確信していた。
個々の戦闘力は圧倒的。
夜襲や奇襲。
特殊工作も難なくこなす。
正規軍の将軍たちが命令に苛立つような理不尽な状況。
それでも、ボクを信用して従ってくれた――それだけで充分だ。
連日の戦略や作戦変更。
それも彼らにとってはむしろ楽しみの一つに過ぎるようだ。
仲間意識も強く、結束は固い。
血筋も階級も関係ない。
互いの背中を預けられるかどうかで信頼を測る。
だからこそ、隊長であるハスター。
彼が信頼している私の命令は無条件で遂行される。
創設の経緯も興味深い。
この部隊は亡命者を受け入れ先だった。
そして、周辺国にアリティア王国の寛大さを示すために作られらた。
皮肉にも、今や国最強の切り札となっている。
侮蔑の蔑称。
だからこそ、正規軍は使いづらいと思い込む。
しかし、ボクはその力を最大限に活かせればと思う。
――この蝙蝠部隊がいる。
それだけで、きっと悪くない戦果を挙げてくれる。
勝手な願望だが、そう信じたい。
「あなたは気楽ですね……わたしは、これからの戦闘を考えると気が重いですよ……フォンケンラートさん」
「負けるとお思いですか?」
「いや、勝敗は正直どうでもいい。これから、何程の兵士が犠牲になるのか……それを考えると気が滅入る……ただ、平穏に暮らしたいだけなのになぁ」
「まぁ、平穏に暮らしたいというのならば、負けてしまえばそれまでですよ」
「そうなんだけど……」
「敗戦必至の状況を、あなたの策でほぼ互角に近い形まで持ち込みました。そこに、我々『蝙蝠部隊』も微力ながら――私もお力をお貸しします」
「宛にしてます」
その後、しばしの沈黙のあと、フォンケンラートは口を開く。
「しかし……あなたは本当にすごい策を実行しましたね」
「そうかな? 死にたくなくて必死に考えただけですよ。わたしじゃなくても他の誰かがやっていたよ」
「ご謙遜を。連日の夜襲、食糧の焼き討ち、流言に真逆の指令書の乱発――近隣諸国に援軍の要請に見せかけ、応じた国の平坦路への圧迫。こうまで徹底的にやられたら、相手もたまったものじゃない。それもこれも、あなたがいればこそです」
「はは……そんな大それたことじゃないよ」
「部隊編成も整え、弓騎兵や魔術騎兵も付け焼き刃ながら完成させた。これで負けるとは思えません」
「そう……かな?」
「ええ、ですからもっと自信を。九才と言えども――いや、神童たる者、このような戦略は当然のことです」
「はは……」
ボクは無口な侍従に支えられ、苦笑いを浮かべる。
「隊長っ! そろそろ時間です!」
「ケーヘンヒラーか。わかった、今行く!」
ハスター・フォンケンラートは、キリッとした表情で一礼し、蝙蝠部隊へと歩みだした。
しかし数歩進んだところで、ふと立ち止まる。
振り返り、改めてこちらへと視線を向ける。
「それでは、永遠ならざるあなたの平穏のために。我らの全てをもって御期待に添えることにしましょう。では」
「はは……ほどほどにね」
背筋を伸ばしたまま去っていくその背中を見送り、ボクは考える。
民を思うのであれば、ここは戦わず降伏したほうがいいのではないか。
確かにそれで泣く人は減るだろう。
だが、そのあとに笑顔が生まれるとは限らない。
沈黙と絶望だけが広がる未来かもしれない。
相手の兵だって多くは、正規兵ですらない。
昨日まで畑を耕していた民だ。
そんな相手を斬り伏せる。
そんなことに、いったい何の意味があるのだろう。
……度し難い。
戦争とは、つくづく。
けれど、だからといって降伏すれば、それは新たな悲劇の始まりにもなるかもしれない。
下手をすれば、この戦い以上に泣く人を増やすだけだろう。
もし相手が信ずるに値する国なら降伏も選べたかもしれない。
だが、ヴァルデリアにそんな信頼は置けない。
……それを思うと、何が正解で何が間違いなのか、もう分からなくなる。
それでも――信じてくれる人たちがいる。
支えてくれる仲間がいる。
だから、やるしかない。
そして、やるからには勝つしかないんだ。
――たとえ間違っていたとしても……
ボクは深く息を吐き、呟いた。
「……それでは、始めますか――『カンナエの戦い』の再現を」




