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38.フードの奥の正体



───一週間はあっという間に過ぎていって、《豊作の儀》が行われる日を迎えていた。

何のことはない、今年も作物がとれますようにと、祈りを捧げるだけの儀式。

───ステラが狙われる危険性をのぞけば。

警護については、十分すぎるほどに騎士達と話し合いをかさねている。

あとは、上手く事が運べば。


「───ヴァンス、準備終わったよ」


声がして、ステラが部屋から出てくる。聖堂の一室で着替えを済ませた彼女は、前回とは違い、巫女服を身に付けていた。

ステラのためだけに作られたのだろう、上半身に纏う白衣(しらぎぬ)は通常のものだが、袴の色は緋色ではなく青色だった。

ふと視線をさげると、白地に赤の縁取りがされた騎士服が視界に入る。ステラの装束が青なのに、ヴァンスが赤というのはどうなのだろうか。


「…俺の騎士服も青に変えたいなぁ……」


「───はい、ご用意しております」


「─────ッ⁉」


特に深く考えずに発した一言に応じたのは、無表情な侍女だった。さっきまでそこには誰もいなかったはずだ。出現が急すぎて怖い。

侍女も怖いが、聞き捨てならないのは返答の内容だ。


「よ、用意してるのか……?」


「はい。巫様の服装に合わせて。騎士団からも許可はいただいております」


「いつの間に……」


後ろを振り返ると、立っていたアルバートは───彼の騎士服は青いものに変更済みだった───頷くと言った。


「力を譲渡している間、騎士達とそのあたりの話し合いを進めていた。───今日は、全ての騎士がこの格好だよ」


「……」


どうりで、ちょくちょく「周囲を見回りに行ってくる」と言っていたわけだ。ステラの護衛をヴァンスに任せて服の相談とは。…まあ、ヴァンスひとりに任せても大丈夫だと信用してくれていたのだろうが。


というわけで、急遽着替えることになったヴァンスは隣の部屋に放り込まれた。

騎士服を着るのはなかなか手間だ。正直に言おう、面倒くさい。


「……ったく、もっと早く言えよな……」


そうすれば一度で済んだのにと悪態をつきつつも着替えを終える。縁取りの色が変わっただけだが、妙に新鮮だった。


「───うん。似合ってる」


と言ったのは、部屋の外で待っていたステラだ。

ほぼ確実に襲われるということが分かっているのに、こうも落ち着いていられるのは絶大な信頼と安心感故だろう。

…その信頼を向けられるヴァンスは気が気でないのだが。

これで応えられねば、ステラを守る立場として───男として失格だ。


「───行くか」


絶対に呪いを解くという誓いを、果たしに行こう。

信頼はある。力もある。隣には愛する少女の姿があって、失敗などどうしてできようか。


指先が、滑らかな感触に触れる。

手から、じんわりとした熱が伝わる。


胸に巣喰っていた不安や緊張は、触れた彼女の手の温もりが消し去っていったから。


───ただ、上手くいくと信じて。

楽観視はしない。自信満々に高をくくっていて足元を掬われるなど御免だ。道化ならまだしも、ヴァンスは愚か者にはなりたくない。

だからこれは、楽観とはまた別だ。

向き合い方を定めた、それだけのこと。


「行こう」


ステラははっきりと言うと、迷いない足取りで歩き出した。







引き継ぎ式で起こったことは知れ渡っているはずだが、聖堂前は多くの人の姿があった。

壇上で油断なく周囲に視線をはしらせていると、見慣れた顔ぶれを見つけた。

…見慣れた顔ぶれというか、家族だ。

両親が最前列で、ジュリアを椅子に座らせてこちらを見ていた。隣には、フードで目立つ白髪と赤い目を隠したシエルもいる。

さらにその隣には───ステラの両親が立っていた。ダグラスとリュンヌの二人は、儀式を進める娘を眩しそうに見ている。

儀式もいよいよ最高潮───ステラが人々に背を向けて、聖堂に向きなおったとき。

銀色の光が、放たれていた。───ステラではなく、ヴァンスに向けて。

ヴァンスは自分に向かって飛んできたナイフを掴み取り、軽く力を入れてそれを砕くと、ステラを守れる位置に移動しようとした。


「───そいつはさせられねぇな」


ステラとの間にひとりの男が割って入る。ヴァンスは構わず地を蹴ると、それなりに身長の高い男を飛び越え、ステラを抱き寄せると再び跳躍し、男から距離をとる。直後、剣閃を視界の端にとらえ、ヴァンスは彼女を守るように身をひねった。かわりにヴァンスを斬るかと思われた剣は、甲高い音ともに停止した。

剣を抜きざまに斬擊の軌道にあわせ、割り込んだのはアルバートだ。風がフードを揺らし、灰色の髪と顔をヴァンスはしっかりと見た。


「───ディランか」


───ディラン・カルヴィン。ヴァンスを反逆者と罵り、ステラを巫と認めず、シエルに騎士である資格はないと追放された男。

灰色の線、とステラが言った時点でだいたいの予想はついていた。ナイフを投げてきたのはディランで間違いないだろう。だが、問題の術者ではないはず。

他者に呪いをかける能力を持っていたなら、《穢れた者》を海に突き落とす儀式からステラを助けた後、騎士団の建物に戻ってきてディランと会話したときに彼女なら気付いているだろうからだ。

ならば、術者は───


「……ヴァンス、あの人が呪いをかけた張本人」


抱えられるステラが呟き、ヴァンスもそちらを見る。

その人物はフードに手をかけると、口を開いた。


「悪く思わないでくれよ」


自分からフードを外した男はニヤリと笑い、


「これも商売なんでね」


「お前は……」


ヴァンスは息をのむ。心配そうなステラの視線にも気付かず、唇を震わせて───



「…お前、誰だっけ?」



どこかで見たような気もするが、思い出せない。真剣に悩み始めるヴァンスに男は大袈裟に肩を落とすと言った。


「ロイドだよ!ロイド・オルティス!二年間毎日会ってただろ⁉」


「ロイド……ああ!あの魔石買い取ってた商人か‼」


どこかで見たことのあるようなやり取り。

ロイドは魔石を買い取ってくれていた商人だ。馬車を貸してもらったりと、いろいろ世話になっていたはずなのだが───、


「影が薄すぎて、『ジュリアと関わったことのある男リスト』に載ってなかったぜ……」


「なんだよそれ。失礼な奴だな」


軽い口調で会話しているが、目の前のこいつは呪いをかけた術者だ。


「アルバート!ディランは頼んだ!」


「───了解した」


鍔迫り合いの状態で止まっていた二人。ディランは汗を滲ませているが、アルバートのほうは涼しいものだ。アルバートが剣を押し込むと、力の均衡が崩れ、剣戟が始まった。

人々は息をのみ、それを見守る。

ヴァンスはステラを下ろすと、ロイドに問いかけた。


「───お前、なんでディランに協力したんだよ」


ロイドが計画したわけではあるまい。一商人でしかない彼に、情報がまわってくるわけはないからだ。


「ま、付き合いも長いから特別に教えるか。───金だよ」


「金?」


「魔石だけ買い取ってても、大して利益にはならない。わざわざ危険をおかして魔獣を狩ってくる物好きなんてそうそういねぇからな」


ロイドの言う物好きであるところのヴァンスは黙って先を促す。


「俺も生きてかないといけねぇから、裏で商売をやってるってわけだ。裏社会じゃ、結構有名なんだぜ?」


「そんな自慢話はいいよ。……つまり、お前の噂を聞いたディランのやつが声をかけてきたと。で、お前はいくら積まれたか知らないが依頼を受けた」


「ご名答」


嫌な笑いを浮かべるロイド───彼が術者というのは完全に予想外だった。

不器用ながら気も遣える、良いヤツという印象だったのだが。今の今まで忘れてたけど。


「───本当はヴァンス、お前らに呪いなんざかけたかねぇが……こちとら商人だ。金のためなら何だってするのさ」


「ひとつ訂正。───商人って言ったの取り消させてくれ。同じ括りにされた他の商売人たちが可哀想だ」


皮肉っぽい笑みを口の端に浮かべ、人差し指を立てて言うとロイドの視線が鋭くなった。

ステラを後ろにいる騎士達のほうに押しやると、ヴァンスは一歩前に出た。───剣は抜かないまま、鞘ごと剣帯から外す。

ヴァンスの構えが様になっているのに対し、ロイドは素人のそれだ。


厳密には騎士ではないが、騎士服を身に付けているのだからと名乗ることにする。


「───第四十一代巫ステラの護衛騎士、ヴァンス・シュテルン」


「───《呪術師》ロイド・オルティス」


《呪術師》とは言い得て妙だ。誰の思いつきか知らないが、なかなかセンスがある。


ヴァンスはステラを守るために、ロイドは依頼を完遂するために。


───聖堂前で、二人は同時に地を蹴った。

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