37.信じるならば、たったひとりを
遅くなり申し訳ありません<(_ _)>
どうやら、『力』は睡眠時に回復するらしい。
最初の三日間、ステラはほとんど眠らずに力を与え続けていた。睡眠時以外も力は回復しているのだが、その速度は遅々として、眠っているときの回復速度とは比べものにならない。
つまり、なけなしの力を全て他者に注いでしまったわけで、精神的苦痛も相まって倒れてしまった、というわけだ。
───ヴァンスの告白を受けてからのステラは自暴自棄のような力の使い方を改め、昼間は必要な分の力を譲渡し、夜は割り切ってしっかり休むようになった。その結果、ステラの負担は激減し、効率も上がったのだ。
「おはよ、ヴァンス」
「あ、おはよう」
身支度を整えて階下へ下りてきたステラの表情は明るく、ヴァンスのほうに駆け寄ってくる。
やってくるなりぎゅーとしがみついてくるステラに苦笑した。大人っぽいように見えて、こんな子供みたいな面もある。そこが可愛い。
まあ浮かれているのはヴァンスも同じだ。毎日人々のために頑張ってくれているのだ、これくらいは許してあげよう。
…ちなみにここは朝のダイニング、アルバートや両親もいるのだが、三人は見事にスルーしている。ヴァンス達としても、邪魔されたくないので空気として扱ってくれるのは良かった。
「───そうだステラ、今日で毒殺未遂の件の謹慎が解けるんだけど、どうする?ダスティン達に会うか?」
聞こうと思って忘れていたことを思い出し、ヴァンスは朝食のパンにバターを塗りながら問いかける。
正直、この状況でダスティン達が自由に行動できるようになるのは不安要素が強い。
なんとかして味方につけたいものだが、言葉で上辺だけの信頼をよせられたのでは意味がない。だいいちそれでいいのなら、毒によるヴァンスのあの苦しみはなんだったのだということになる。
せめて、釘ぐらいは刺しておきたいところだが───
「……会う。会って、話したいことがあるの」
ステラは瞑目してから、はっきりと言った。
ヴァンスは微笑み、頷いた。
「分かった。…集まるように言っとくから」
「ん、ありがとう」
───食事を終えると、ヴァンス達は二階のジュリアの部屋に向かった。
「シエル、悪いな。今日も頼む」
「───ジュリアさんのことは、私に任せてください」
そばにいられないヴァンス達のかわりに、シエルが常にジュリアについていてくれる。…本当は一緒にいたいが、それではだめなのだ。
「───っ」
アルバートの瞳によぎった感情、そのすべてを推し量ることはできない。
けれど───大切な人と言葉を交わせない辛さは、分かっているつもりだ。
絶対に、呪いを解かねばならない。
何度目ともしれない決意を固め、ヴァンスは部屋を出た。
「───」
一階の多目的ホールは使えないので、訓練場に集まった騎士達───言葉にすると格好いいが、実際のところむさ苦しい、としか言えない。
それも当然───男ばかりなのだ。
ステラの斜め後ろで見守るアルバートのまわりだけは不思議と清涼感が漂っていて、ヴァンスはそれとなく彼に近付いた。
ヴァンス達の後ろには、クロードを含むステラのことを信じてくれた騎士達が勢揃い。
こうしてみると、毒殺未遂に関わった騎士達は皆年嵩の男ばかりだ。長いこと、白髪に赤い目の巫に忠義を誓ってきたであろう彼ら───その年月は、言葉ひとつで変えられるほど安くはないはず。
ステラは、どうするのか。
不安はあれど、ヴァンスは彼女を信じた。
「…聞きたいことが、あるの」
「……」
「───エリスの指示、ってことは分かってる。なら、あなた達がそれに従った理由───私を殺そうとした理由を教えて」
ステラの質問に、目の前の騎士達が視線をかわす。
彼らは、読めないのだろう。───ステラの真意が。
「勘違いしないで、私は責めようと思って、こんなこと聞いているわけじゃないの」
「…ならば、何故ですか」
「───知りたい。ただ、知りたいだけ」
自分を殺そうとした理由を知りたがるステラに、騎士達は困惑するのみ。
否、生まれたのは困惑だけではなく───
「……信用が、出来ませんでした」
呟いたのは、ダスティンの隣に立つ騎士だった。
ステラは一欠片の動揺も見せないまま頷くと、続きを促した。
「…我々がお仕えしてきたシエル様には、お力はありませんでした。それを知らされた直後、《穢れた者》に神のお力が宿っていると言われましても、すぐには……」
顔を伏せ、声を絞り出す騎士。
彼の言うことも、理解はできる。シエルに力がなかったと聞いて、騎士達は天と地がひっくり返るような衝撃を受けたはずだ。
なのに、すぐに別の人間───ましてや銀髪青瞳の少女───に力があると言われれば混乱に突き落とされるのは当然。
これに対して、ステラは何と───
「───ありがとう」
「……は」
騎士達だけでなく、これにはヴァンスやアルバートも驚いた。
一見、場違いにも思える一言。ざわつきかけた空気は、ステラが再び口を開いたことで静まる。
「素直に話してくれてありがとう。嘘じゃなくて、本当のことを言ってくれて」
「…どうして嘘ではないと?」
「分かるの。あなた達が嘘をついてないって」
───前に、ステラが心情を『視る』ことができると言っていたのを思い出した。
普段は『視て』しまわぬよう気をつけているそうだが、彼女は騎士達が嘘を言っているかどうかくらいは見抜けるのだろう。
騎士も目を瞠ったが、唇を引き結ぶと腰を折った。
「───今すぐ、私を信じてほしいとは言わない」
「───」
「そんなの無理だと思うし、信頼できるくらいにはまだ関わりもない。だから」
真っ直ぐ、本当に真っ直ぐ騎士達を見据えて、ステラは言葉を紡いだ。
誰もが彼女の言葉に聞き入り、我を忘れる───このときのステラの声には、魔性が宿っていた。
「何も分からないまま消してしまうんじゃなくて、私と関わって、それから判断して。見た目で決めつけるんじゃなくて、ちゃんと私が言ったことをやれるか、見ていて」
「───」
「見て、関わって……その上で、私じゃダメだと思ったなら、それを私に教えて。ちょっとでも良い風に変わっていきたいから。───これが、私からのお願いです」
ステラの決意に、体が震えるのが抑えられない。気を抜けば、涙腺が崩壊してしまいそうで、ヴァンスは不自然にならないぐらいに上を向いた。
どうしてと、銀髪青瞳という容姿を持って生まれたことを嘆く声が耳に焼き付いていたから。
自分のせいなのだと、涙すらろくに流せずに謝罪していた彼女を知っていたから。
───前を向くステラの姿が眩しくて、美しくて泣きそうになる。
ダスティンを含めた騎士達が、いっせいに膝をついた。
膝をついて、頭を下げる彼ら───驚いたように、ステラが瞬きする。
「───伏してお詫び申し上げます。貴女様は、確かに巫だ。疑ったこと、到底許されますまい……!」
先ほど理由を話した騎士が、声を震わせつつも言った。───彼の言葉を、誰ひとり否定しない。
次いで、声を発したのはダスティンだった。
「私は、己の感情に流された。そのまま騎士として───人として大切なことを見失った。…後悔、している」
「───」
「遅いかもしれないが……私は貴女を信じたい。貴女の心の清らかさを、信じたい───信じさせて下さい、巫様」
───初めて、ヴァンスはダスティンに好感を抱いた。
アルバートも同じだったらしく、目を見開いている。
頭を下げ続ける騎士達に、ステラは戸惑いつつも声をかけた。
「顔を、上げて」
「───」
「ありがとう。あなた達がそう思ってくれたことが、凄く嬉しい。───期待に添えるよう、頑張るから」
───偽りではない、紛れもなく本物の『つながり』ができた瞬間だった。
その日の夜。
眠るまで隣にいてほしいとせがむステラに押し負け、ベッドに腰掛けたヴァンスは窓の外を見上げた。
「やっぱり、次狙われるとしたら来週の祈りの儀のときか……」
ぽつりと呟くと、横になった状態のステラが布団の下で身じろぎした。
安心させるように髪を撫でてやると、ふにゃ、と顔が綻ぶ。癒された。
「…なあ、ステラ。───俺の力って、具体的にどういうものか視えるか?」
「んー…ヴァンスの力はなんかこう、もやがかかったみたいになってて、よく視えないんだけど…やってみるね」
ふと思い立ったことを話すと、ステラは身を起こし、ヴァンスの胸板に触れた。数秒後、ステラが言った言葉は───
「───」
「……!…なるほどな。そういう力だったのか、これは……」
納得すると同時に、新たな面が見えてくる。
これなら、できるかもしれない。
───呪いを解き、人々を夢から解放することが。
「そうするには……」
「相手が姿を見せないと、だよね……?」
「ああ。───それまでは、ステラ」
「うん、分かってる」
多くは語らずに、意思を共有する。胸のつかえが、多少とれた気がした。
あとは、上手くいくことを信じて祈るのみ。
神に、運命に───いや。
祈るなんて、柄じゃない。
信じるならば、その相手はたった一人だ。
───ヴァンスは隣で微かに唇を緩める天使を、信じた。
ありがとうございました(*^-^*)




